文字通り
言いたいことをまくしたて、私は店を出た。そもそも、私は豚骨より塩が好きなの塩が。
気がつけば、小さな公園まで来ていた。ぼんやりとその入り口を見つめ、溜め息をついて中に入る。少し、疲れた。遠くでサイレンの音がする。私はベンチに座ると、慣れないヒールで疲れた脹ら脛を揉んだ。
ふと目の前が陰る。見慣れた、汚いスニーカーが見えた。
「……芽里ちゃん」
「なに。弁解しに来たの?」
名前を呼ばれ、苛々と顔をあげると、君がいた。――ただ、胸には文字通り穴が空いている。拳サイズの穴。穴を通して、向かいの滑り台が見える。
「……どうしたの? それ」
どう反応すべきか分からず、とりあえず訊いてみたら、君が「うん」と頷いた。
「ちょっといろいろあって」
思いのほか、ふつうな調子で声が返ってきた。ただ、少しだけヒューヒューと甲高い音が混ざってるけど。
「菜々子ちゃん――いや、さっきの店員にさぁ」
「なにちゃっかり名前聞いてんの」
若干イライラしながら言うと、「あ、いやそういうわけじゃ」ともごもご歯切れが悪い。私はふんと鼻をならした。
「そんで、なに。あの女の子に、心を撃ち抜かれましたって? 文字通り」
「いや、実はまぁそんな感じで。文字通り」
「心じゃなくて、心臓をだけど」と、君がへらりと笑う。
「ふーん……」
それがあまりにも、いつも通りの情けない笑顔なので。私も、溜め息をつくしかできなかったのだけれど。
「……なんて言うか。痛くないの? それ」
君が「え?」と首を傾げる。
「いや、だからさ。病院とか行った方が良くない?」
「あー……いや、うーん。でもさ」
そう、君が頭を掻く。困った顔で、心臓があったあたりを撫でる素振りをして。
「病院で看てもらってもさ、たぶん、治してもらうのは難しいんじゃないかなー、とか」
「いや、まぁ。そりゃそうだろうけど……」
待て私。頷いている場合ではない。
「あのさ。やっぱり、変だよね?」
「ん? なにが?」
遠くから、またサイレンの音が聞こえる。「なんて言うか」と、私はその風穴を指差した。
「ふつうに喋ってるけど……それ、おかしいでしょ。穴って。身体に、穴って」
「芽里ちゃんだって、耳に穴空いてるじゃない。しかも飾りまでつけちゃってたりして」
冗談ぽく笑う君を、私はジロリと睨んだ。びくりと君の身体が跳ねる。
「いやー、まぁ、そのさぁ」
呟きながら視線を宙に泳がし、それから深く息をついた。いや、息をしているようには見えないのだけど、そんな素振りをした。
眉をハの字にし、「ごめんね」と情けなく笑う。ひんやりとした両手が、私の首に回された。
「ほんと、ごめんね芽里ちゃん」
青白い顔が、口が。状況がつかみきれない私の目の前に、迫ってきた。
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