第3話

JRから近鉄電車に乗りかえて、pdfを開いた。全文を引用したいが、道理に反するから、私の印象のみを記す。

主役は学生。恋愛に滑稽なほど悩んでいた。ようやく見つけた、好きになれそうな女の子を見ていると、彼女が自分を好きであるというふうに考え始めた。これを彼の一人称で、彼が認識できなくなった自己中心的な愛を、エゴイズムを、コメディの中で描き出している。ラストは、勝手に寝取られたと思い込み、安っぽい狂気に魅入られた主人公の呟きであった。


「よく、これを男に読まそうっておもったな」

「これを怒らず読みきれそうなのが1人しか思い付かなかった。感想は?」

「ええと思うよ」

網島は男だったことがあるのかと勘ぐるほどであった。シーンで言うなら、どうしようもなく嫌いだった女が、ただ汗をかいて胸がでかいというような理由で股間を膨らまして自分で慰めるのだ。

「具体的にはさ、どんな感じよ」

「小説の構成をとりあげて解釈するのは骨がおれるのに誰も、その砕ける音を聞いてくれないから、やりたくない」

「つまんないなぁ。飲み会のと気みたく熱くなってくれてもいいやん」

外は雨が降っていた。そして、その飲み会でも雨はひどかったと覚えている。


ゲリラ豪雨とよぶに相応しいものだった。

教授は既に帰った後だ。俺がいたら盛り上がらんやろとだけいって、すこし酒を呑んで出ていった。それを見送って別の店に行こうとしたとき、雨が降ってきた。これはもはや贅沢を言ってられないと、ちかくのファミレスに入った。たった5人だったので、問題なく入店できた。

「リッキー(石田理貴子教授のあだ名である)、飲み会つきあえへんとか貧乏かよ」

「富を求めていたら経済史の研究はしいひんやろ」

ゼミ生たちは陽気にビールを飲む。

雨粒が窓ガラスを砕くのではなかろうか。凄まじい苧とが雷鳴も轟くのであった。まるで地球を抉るような激しさだ。

「先生は早く帰って正解やったかもな」

私も酔いがまわりはじめていたようだ。冷静になれば、傘も持たない身で居続けたのは愚作であった。

それから、なにが行われたのか判然としない。しかし、顎が痛くなるほど何かに反論したことは覚えていた。ひょっとすれば、泣いていたかもしれない。隣席の網島に腕をひかれて寒空の下にいた。

網島とはその後、環状線で帰るからとともに店をでた。とにかく冷えたミネラルウォーターが飲みたいからと買ってこいと、自動販売機に160円もはらった。

「いつか、いつか長編が書けたら読んでほしいな」

しとどに濡れるコート、それに抵抗するかのように発熱する身体と既に煮えたぎったような頭で、私は彼女の要求を受けた。いちばん面白い網島さんだからきっとすごいものを書けるかもよ、なんて言ったかもしれない。彼女はため息をついてありがとうと返した。

環状線で向かう方向が違うからとホームで別れた。乗った車両で、シートに腰かけることができた。残っていたぬるい水を飲んだ。夜になると、窓ガラスには顔がうつる。国道の渋滞を見つめる自分の顔を見つめた。灯りの行列は、私の視界の果てまでも続き、そこよりさらに延びていた。

メッセージがきた。こんな時間の電車に乗るのはじめてやけど、人がいいひんからサイコーとのことらしい。

「そっちの車窓はどうかな」

「ビルの灯りがずっと並んでいて綺麗」

「よかったやん」

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