もしもし、声を出そうとしても声がでなかった。
「突然ごめん、秋川、です。」
言われなくてもわかるよ。
忘れるわけ、ないもん。
忘れられないよ。
「あれ、聞こえてますか?」
返事しなきゃ、返事しないと、切られちゃう。
「もしも、し。」
やっとのことで絞り出した声は蚊の鳴くようなか細いこえだった。
「久しぶり、です」
「うん」
なんで電話なんてしてきたの、
どうして?
やっぱり自分を殴ったのは私だと、言いたいの?
「何から話せばいいのかわからないんだけど、
とりあえず今まで本当にごめん。
僕の記憶が間違っていたと、最近やっと正しい記憶を取り戻して気づきました。
本当にごめんなさい。
さや、小川さんは何も悪くないのに勝手に悪者にしてしまって、たくさん傷つけてしまった。
病室で、お見舞いに来てくれたにも関わらず僕はひどい言葉をたくさん浴びせてしまった。
本当に本当にごめん。
ごめん、じゃ片付けてはいけないことだとわかってるけど謝ること以外どうすればいいかわからなくて、
とりあえず電話しました。
本当にごめんなさい。」
涙が溢れて止まらなかった。
必死にこらえても泣き声が漏れてしまって、電話越しにも彼に届いてしまうくらい泣いてしまった。
思い出した、だなんて。
でも彼の口調からは、もう一回付き合おうというようなものは感じられなくて、さらに涙が溢れた。
やはり、もう相手がいるの?
それとも私への気持ちは失せた?
一瞬だけど、さやかと私を呼ぼうとしたことから考えれば、恋人同士だったことは彼はちゃんと覚えているようなのに。
やり直そうというような言葉がないのは、な、ぜ。
「本当に、ごめん。
こんなに泣いてしまうくらい苦しめたんだよな、俺は。
本当にごめん。
小川さんが俺を殴るだなんて有り得ないのに。
ごめん。」
彼はずっと、謝罪の言葉を並べるだけで、それ以上はなにも言ってこなかった。
私は。
今こそ、受け身ではなくてきちんと自分から踏み出すときだと思った。
玉砕したとしても、そこに可能性があるのなら。
「いま、付き合ってる人とか、いるん、ですか」
聞き苦しい涙声で言葉を連ねる。
「……いないよ」
「本当に、本当、なんですか」
「……本当にいない」
「私にも、まだ、可能性、ありますか、っ?」
「……えっ?」
「私は、今でも、好き、なの、っ!」
「……うそ。うそ、だろ……?」
「嘘じゃ、ない、嘘なんかじゃ、ないっ!」
自分でもびっくりするほど声を荒げてしまって少し冷静になる。
「で、でも、なんていうか、私に申し訳ないとか、そういう、理由では、付き合ってほしくない。
いま、私のこと、どう思ってるんですか?
しょ、正直に、教えて、っ」
「……彼氏、いるんじゃないの?」
「え?」
「ごめん、今日、花火大会で見たんだ。
男の人とふたりで花火見てるところ。
会社の人たちと、ああ俺はもう社会人やってるんだけど、花火に行ったらたまたま見て。」
「ちがう、ちがう!あの人は、彼氏なんかじゃない。好きでもない!全く好きじゃない!!
ただ、今日誘われただけ。ただそれだけ、だよ。」
「本当に?」
「本当だもん!!!
わたし、わたしね、ずっとずっと、毎日毎日、た、尊くんのこと考えてたんだよ、
もうね、わたし、尊くんのことが好きで好きで仕方がないのっ、
何度も諦めようと思ったけど、無理なの、
どうしても忘れられないの、
ねえ、尊くんは、どう思ってるの、私のこと、どう思ってるの」
幼い子のように泣きながらぐしゃぐしゃの声で電話の向こうの大好きな人に自分の気持ちをぶつけた。
「っ、俺は__、
待って。
今から会いに行ってもいい?」
「会って、くれるの?」
「うん。会いたい。会って話がしたい」
「わかった。
どこ、行けばいい?」
「紗佳の家、行ってもいい?」
「えっ、……いいけど、わたし、一人暮らししてて、尊くんの家から遠いよ」
「何駅?」
「○○駅」
「いま、そこいる。花火見た帰りだから。」
「じゃあ、…………」
私の家までの道を教えて電話を切った。
歩いて10分もすれば着くはず。
我を失って、自分でも信じられないほど感情的になってしまったことを後悔した。
どうしよう、本当は私のことを好きではないのに私に気をつかってまた付き合ってくれることにでもなってしまったら。
どうして記憶が戻ったのか、なんて正直どうでも良かった。
彼に今、好きな人がいるのか、私のことはどう思っているのか、それだけで私の頭の中はいっぱいだった。
落ち着けなくて、浴衣を脱ぐこともしなかった。
涙でぐしゃぐしゃになったメイクはすべて落としてしまった。
メイクを新たにする気にはなれなかった。
これでもかというほどに心臓は速く打って、喉から心臓が飛び出そうだった。
程なくして、
ピンポーン。
___チャイムが鳴った。
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