おそるおそる玄関のドアを開けたら、懐かしくて愛しい顔がそこにはあった。

大好きな人は、袖の白いワイシャツにスーツの黒いズボン、といった格好だった。

ワイシャツから伸びた二本の腕には傷はほとんど残っていなくて、綺麗な肌が覗いていた。


もう泣くまいと決めていたのに、気づいたら涙が頬を伝っていた。

視界がぼやけて彼の顔がよく見えなくなった。


ガチャリ。

玄関のドアが閉まる音。



「紗佳、」


電話で聞くのと生で聞くのとでは全然違って、さらに涙がこぼれた。


何を言えばいいのかわからなくて、何を言われるのかびくびくしていたら、いきなり視界が暗くなった。



「ごめん、紗佳、こんなにぼろぼろに泣くまで苦しめて、

俺、本当に、何て言ったらいいのか。

ごめん、ごめんな、本当にごめんな。

今まで辛かったよな。

ごめん、俺、最低だ。」


ぎゅううっと私を抱き締める力がどんどん増す。



「さっきの質問の答えだけど、

俺も紗佳のこと、好き。

電話越しじゃなくて、直接言いたくてさっきは言わなかった。ごめんな。


いや、好きだなんて言葉ではもう、表せない。

本当に紗佳が大事で大事で、自分の命よりなにより大事で、なんていうか、好きでも大好きでもなくて、」



「愛してる、紗佳」



「俺のこと、まだ好きでいてくれてありがとう。

花火大会で紗佳のこと見たときは、もうだめだと思った。

でも、さっき電話で俺のこと好きって言ってくれて、本当に嬉しかった。

生きてて良かった、って、俺、本気で思った。」




どんどんどんどん涙が溢れてきて、尊くんのワイシャツを私の涙がぐちょぐちょに濡らしていった。

いったん離れようとしても、ぎゅっと引き戻されて離してくれなかった。



「紗佳のこと、俺もう、絶対離さないから。

今まで本当にごめん。

俺、ほんと、どうかしてた…っ、」


いつしか尊くんも涙声になっていて、泣いているようだった。


尊くんの背中に腕をまわして、ちからいっぱい抱き締めた。



「尊くん、わたしも、わたしも、好きっ、

好きで好きで、大好きで、尊くんの私を呼ぶ声とか、尊くんの笑顔とか、ずっと頭から離れなくて…っ、

私だって、好きとか大好きとかじゃなくて、」




「愛してるよ、尊くん」



愛してる、というのがどういうものなのかなんてわからないけれど、今、私が尊くんに抱いている気持ちこそが愛してる、というものだというのは当たり前のようにあまりにも自然に理解できた。



ふっと尊くんが私を抱き締める力を弱めて体が離れ、尊くんの指がそっと私の顔を撫でて涙をすくった。

尊くんに触れてもらえることの幸せに陶酔していたら、顔を尊くんの両手に挟まれて、一気に尊くんの顔が近づいてきて、唇が重なった。


あまりにもその一連の動作がはやくて、目を閉じる余裕すらなかった。

私の目がとらえた尊くんの目には涙が浮かんでいて頬には涙が伝った跡があった。


キスというもの自体は思っていたよりは普通だったけれど、こんなにも近くに愛する人の顔があって、そして唇をゆっくり柔らかに触れあわせることはこのうえなく幸せだった。



今回は、私たちを邪魔するものなど何もなかった。

私と尊くんは、思う存分、抱き締めあい、キスをして幸せな時間を噛み締めることができた。


ふたりの時間をこれでもかというほどに堪能して、私が尊くんの腕の中にすっぽりとおさまっているときに聞いてみた。



「ねえ尊くん、いつ、思い出したの?」



「……先週の、花火大会で花火見たとき。

ほら、去年、一緒に行った花火大会。

あのとき、紗佳との思い出がたくさんよみがえってきて。」




___甘い時間が、突如終わりを迎えた。






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