結局、彼―秋川尊―と1年前に行った花火大会は、雨天中止になった。

ほっとしたような、残念なような。

もしかしたら、花火を見て彼の記憶が戻ったかもしれないのに。

なんて思うけれど、そもそもあの花火大会に彼が出向くかはわからないし、思い出すかなんてもっとわからない。

でも、あの花火大会が最後の可能性だと密かに思ってはいたから落胆はした。

もちろん、彼から連絡などない。




___1週間後。

私は浴衣を着て、待ち合わせ場所で鈴木くんを待っていた。

浴衣は、1年前の花火大会で着たものと同じ。

これを着て思い出を塗り替えれば少しでも前に進めるかもしれないと思ったから。

でも、そんな気配はなかった。


私はスマホをいじって待っていた。

ふと、去年の花火大会の待ち合わせのときに私が彼に言ったことを思い出す。

"私を待っている間、スマホいじらないでよ"だったっけ。

たしかそんな感じだった。

なんて贅沢な。

そして、なんだか笑える。

私、子供というか器が小さいというか。

ガキかよ、ってね。

まあでも、好きな人が私を待つ間、スマホをいじっててほしくないというのは今でも変わらないかもしれない。

いや、あのね、私が来る直前にいじるのやめてくれれば全然OKなの。

私が目の前に立っても相手がスマホをいじってて気づいてくれないとか、悲しくない?



「ごめん、待った?」



急に上から声がかかって、びくっとする。

スマホを閉じて見上げれば鈴木くんがいた。

スミマセン、スマホいじってて全然気づきませんデシタ。


「ううん。待ってないよ」

 

実際、そんなに待ってないから素直に答える。

鈴木くんは、白いシンプルなTシャツに黒いズボン。

スタイルがいいからそれだけで見栄えがする。

かっこいいとは思わないけれど羨ましいとは思う。



「そうか。

浴衣、来てくるとは思わなかった」


ぽつりと鈴木くんが呟く。


「ああ、ごめん。ダメだった?

浴衣持ってるのに着るときがほとんどないからもったいないと思って。」


あくまでも、気合いを入れてきたわけではないことを遠回しに伝える。

気合いを入れてきたわけではまったくないから。

思い出を、少しでも塗り替えるためだから。


まあ、彼にそれがちゃんと伝わったかは微妙だけれども。

おもわせぶりな態度というのは、タチが悪いから、

おもわせぶりに見えてしまうようなことは極力したくない。



「へえー、ちょっと意外かも。

でも、似合ってんね。」


似合ってる、その言葉が去年の彼の言葉と重なる。

だめだ、いちいち鈴木くんを彼と重ねては精神が持たない。



「……どうも。」


軽く笑って流す。

正直、全く嬉しくない。



「はやくいこ。」


人混みが鬱陶しくて、鈴木くんを急かす。


「はいはい。」


何を勘違いしたのか、仕方ないなあというふうに笑って私を見た。

私が照れてるとでも思ってるんですか。


私に合わせてゆっくり歩いてくれたけど、いかにも"俺は浴衣の子に合わせてゆっくり歩いてます"って感じの歩き方が嫌だったからバサバサ早歩きで歩いてやった。

相変わらず可愛くない女だ、私は。


程なくして会場につき、私が持ってきたレジャーシート(これも去年と同じ)を芝生に広げ、座った。

レジャーシートはそれなりに大きいのに鈴木くんは私にぴったりくっつくように座ってきて嫌だった。

だからといって芝生に直接座るのも嫌だったから我慢した。


花火が始まるまで、鈴木くんからの質問とかには当たり障りのない返事ばかりをしてたらついに会話がなくなった。


花火は好きだから花火は楽しみだった。

ここの花火大会に来るのは初めてだし。



花火が始まって、今年もその美しさに目を奪われた。

ふと去年の花火がどんなものであったかを思い出そうとしたけれど思い出せなかった。


隣に座っていた(鈴木くんのようにぴたりと密着はしていなく、適度な距離があったにも関わらず)彼のことばかり考えていたから、花火をほとんど覚えていなかった。

彼の花火に照らされた横顔が美しかったのを思い出して、鈴木くんの横顔を盗み見ても、特になにも思わなかった。



私、なんだかんだ言って、今も鈴木くんと彼を重ねているな、なんて思うけれど。

例えばマンガとかで、元カレまたは元カノに未練たらたらで、現在付き合っている人と重ねてしまって、現在の恋人のことは実は好きとか思っていない、なんていう話がある。

その話には共感できなかった。

いくら重ねてしまっても、やはり鈴木くんは彼とは全く違うから、彼の代わりに鈴木くんと付き合うなんて私にはできない。

きっと、体が拒否すると思う。






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