「紗佳の彼、入院したんだって?」



彼が就職するらしいということを教えてくれた友達に声をかけられた。


この友達が"紗佳の彼"と言うときはいつも、彼は"紗佳の彼"ではない。なぜか。



「ああ、うん。そうみたい。」


「紗佳って、あっさりしてるよね」


「・・・うん、そうかもね。」


あっさり、というかなんというか。


これをあっさりと言うとしても、

この前のあっさりと今回のあっさりとは全く違うけれど。


そんなもの、他人が気づくわけはない。


「ほらまた、あっさりしてる。」


「・・・うん、ごめん」



あっさりしているのではなく、ただただ虚無感に包まれているだけなのに。

私の目は、彼のことをどうでもいいと思っているような目をしているのだろうか。


ただただ何も映していない、ただのレンズでしかない私の目は、彼を、私を見てくれる彼を、映さなければきっと意味がない。


でも。

そんな日は、これから来るの?




「なんで謝るのよ。」


ふっと笑って私を見る。


「いや、・・・」


期待通りの反応できなくて"ごめん"と思ったからなんて、

言えるわけないでしょう。


「私、ちょっとトイレいってくる」


もうこの友達となにも話したくなくて、

いやでも彼のことを思い出させられるのが苦痛で、

逃げた。


わたし、は。

今まで何を、していたんだろう。


彼は、

彼の友人に私の話題を出されたとき

今までどんな反応をしていたんだろう。


少し困ったようなあの笑顔で当たり障りの無い対応をしていたのか、

すべてがうまくいっているというような反応を示したのか、

やんわりとその話題を拒絶するような反応をしたのか、

別に考えても仕方がないことなのになんとなく気になってしまった。


なくなってから気づく、

なんて言うけれど私に言わせればなくならないと気づけない。


心にぽっかりと穴が開いたとはおそらく今の私のような状態。


トイレの個室でひとり、ため息をつく。


この思いを水に流せられれば楽なのに。

なくならない、なくなりそうもない、

私にしがみついて離れない私の感情。


いつからこんなにも、私は彼に染まってしまったんだろう。

いつからこんなにも、彼は私の心を支配するようになったんだろう。

もう私は、とっくの昔に彼なしでは生きていけない私になってしまっていた。


彼の優しさに溺れていない世界なんて、

もはや私の世界ではない。


いつから、いつから?


私の世界は、

すでに

彼色に染まっていた。


私が彼を私色に染めていたと思っていたのに、

実はその一方で私自身が彼色に染まっていた。

それはもう、取り返しのつかないくらいに濃く。


彼の優しさには中毒性があるのかもしれない、なんて。



だめだ、考えちゃだめだ。

ぶるぶる、とすべての感情を外へ追い出すように頭をふって、

静かにまた教室に向かった。


こんなことになるならいっそのこと、

私を忘れてくれた方が良かったな、なんて思う。


それで一からすべてをはじめるの。

私を好きになってもらって、またはじめからあなたと恋をする。


記憶の交錯で私を悪人にされるより、

記憶の喪失で私を知らない人にされるほうがよっぽどマシだ。


ほとんど無意識で椅子を引き、

自分の席に腰を下ろす。


「ごめん紗佳、

紗佳も辛いんだよね。


ごめん、さっきはあっさりしてるとか言って。」


「ううん、大丈夫だから」


紗佳、

と呼ぶ声が彼ではないことにがっかりしてしまうというのは、



___ないしょ。

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