第3話 病院

けたたましい程のエンジン音に一郎の思考は遮られて顔を上げるとそこにはバスが停まっていた。

薄汚れて錆び付いたバスに黒いシミに似た生き物がこれでもかとこびり付いてもぞもぞとひしめき合っていた。


一郎は一瞬、恐怖を感じたがバスに乗れなければ歩いて行かねばならないことを考えて乗車口に足を掛けて車内を見渡した。

バスの中には十人程の影の様に虚ろで真っ黒な乗客が真っ赤に充血した瞳で一斉に一郎を見下ろした。


バスに乗ってはいけない。一郎の脳は頭が痛くなるほど警戒のアラームを鳴らす。

影の乗客は言語とは程遠い未知の声を上げると一郎に近寄ってくる。影の乗客が一郎に触れようと真っ黒に黒光りしながらうねった触手を一郎の右手へと触れようと伸ばした。

一郎はその余りのおぞましさに左腕でその影の乗客の顔と思われる部分を思いっきりぶん殴った。

殴られた影の乗客は悲鳴と思わしき奇声を上げると後ろへと倒れて頭をぶつけたまま動かなくなった。

それを見ていた影の乗客は一郎へ怒りを露わにし叫び声を上げる。耳を塞ぎたくなる程の音量と迫り来る他の影の乗客に命の危機を感じて一郎は無我夢中で走り出した。


息も切れ切れにどれだけ走ったのだろうか。足は棒のように重く感じて歩くことすら苦痛だった。

もうこれ以上、歩けないと膝をついて見上げた先にあったのは一郎が目指していた病院だった。

しかしそこにあった病院は一郎の日頃見ている病院とは違う薄汚れた廃病院に百足が這いずり回っているかのような姿だった。

なんでもいい。右手を治してこの悪夢のような夢から解放されるなら。

一郎は藁にもすがる思いでのろのろと病院へと向かい始めた。


深夜診療を行っているのか中には黒く黄ばんだナース服を着た影のような物が受付に座っていた。そのナース服を着た影もまた訳の分からない奇声を上げて一郎の進路を妨げた。

ここにもあの化け物どもが!

一郎は近くにあった汚らしい消火器で何度もナース服を着た影の頭を殴るとぴくぴくと痙攣するとそのうち、ぴくりとも動かなくなった。


これは役に立つかも知れないと一郎は緑色に染まった消火器を片手に医者がいるであろう外科の扉を開いた。

しかしそこにもナース服を着た影と白衣を着た影がいた。

一郎は先手必勝と言わんばかりに消火器で二人の影の化け物を動かなくなるまで殴り続けた。


もしかしたらこの世界はあの化け物に支配されているのかも知れない。

一郎は病室を一部屋一部屋確認しながら影の化け物を見つけては消火器で殴打して回った。

俺は影の世界から影の住人を消し去ってやる。全員、俺が殺してやる。

一郎は狂気に満ちた瞳でこの病院にいる全ての影の住人を殺して回った。

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