第2話 玄関

刺さっているものを無理に抜くと出血が酷くなるって聞いたことがある。それならこのまま病院に行った方が良さそうだ。

一郎は右手にガラスが刺さったまま立ち上がり、足元に注意しながら玄関を目指した。

だが右目と左目に見える世界の違いから一郎はそこらかしこに身体をぶつけた。

左目の世界ならまだしも右目の世界で得体の知れないものにぶつかったら……。

一郎は頭によぎった恐怖に仕方なく左手で左目を覆い隠すとそこには右目に映る不気味で暗く気持ち悪い程の湿度を孕んだ部屋を進んでいく。


腹の底から湧き上がるような嫌悪感と恐怖に葛藤しながらも一郎は一歩を踏み出した。

足裏にはぬめりと生暖かい感触が足裏から這い上がってくる。感じたことのないほどの拒絶感を必死に耐えながら一郎は玄関までゆっくりと歩みを進めていく。

一歩、一歩。


暗くて見えない玄関までの廊下は無限地獄のようにすら感じた。

辿り着くことすら出来ないのではないかと思うほど長く感じた玄関への道のりは玄関のドアノブに手が触れると共に外へと安心を求めながら一郎は逃げるかのように玄関の扉を開いた。


一郎は右目の世界に少しでも淡い期待をしてしまった自分を悔やんだ。

一郎が馴染みのある景色は崩壊の一言に彩られていた。マンションの四階から見た世界は一つの生き物のように蠢いていた。視界の隅で何かが這いずり迫ってくるようで世界の全てが一郎を見ているような感覚に襲われる。


これは生き物なのだろうか…?

風景を眺めれば眺めているほど正気が失われていくのではないかという恐怖に一郎は駆け出した。


バスに乗れば二駅程で病院に着くはずだ。

元の世界通りならあと十分程でバスが来るはずだ。

一郎は極力、意識を外に向けないようにバス停まで呼吸すら忘れたかのように死に物狂いで走った。

バス停が見えてようやく息苦しさに気付いた。息も絶え絶えにバス停の時間を確認すると文字化けした記号のように見たこともない文字が記載されていた。文字は蛆虫の様に表札の中を這いずり回り意味を成しているようには思えなかった。


なんなんだ?この世界は…。

…そうだ。もしかしたら此処は影の世界なのではないだろうか?

過去に何処かで聞いたことがある。視界の隅や暗い部屋で何かが蠢くのは影の世界の住人がこちらの世界を覗いているからだと。

だとしたら私は右目を通して影の世界に迷い込んでしまったのではないのだろうか?




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