第14話 全てが終わる
「無害認定?」
つい聞き返してしまった。文字通り無害と認定されたんだろうけれど、拍子抜けというか、突拍子だったからというか、それをすぐに飲み込むことができなかった。
「もうちょっと早くてもよかったんだけどね。どうやら幹部には頭のお堅い人しかいないみたいで、時間かかっちゃったわ」
「………………」
「この子を退治しなくていいってことだよ」
若月くんが耳打ちした。
そう、か。そうだよ。そういうことだよ。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。正確には無害認定ランクB、保護観察処分だけどね。普通に生活を送っていれば、一年後、完全に無害な怪異として認めてくれるわ」
「でも、どうして? さっきまで退治する方向だったのに……」
「あなたとそこの子が話しているときに、本部と掛け合ったのよ。彼の行動を見て、被害もわざと出しているわけじゃないってことが分かっていたし、怪我人はいても死人は出てなかったから、退治っていうのはやりすぎなんじゃないかって進言した。幹部はなかなか賛同してくれなかったんだけど、若月くんが頑張ってくれて、折衷案で保護観察処分ってことになった」
「じゃあ、さっきまでのは?」
「ああ、あれは時間稼ぎよ。ああでもしていないと、幹部たちが頭を縦に振ってくれないから。怪異を退治せよ、という命令を守らない局員の意見は通してくれないの。まあ、それらしくみせるのも、大変だったわ。攻撃を当てないようにしてたんだから」
セリーヌさんは私の目の前で歩みを止めた。そして、私の頭を撫でた。
「ありがとう」
セリーヌさんの手は大きくて優しかった。顔を見てみると、今までで一番美しい顔ををしていた。
「さ、お仕事をしましょう」
「お仕事? 無害認定もらったから、終わりじゃないんですか?」
「そうだったら楽でいいんだけど、そういうわけにはいかないの。大丈夫、彼に危害を加えたりはしないから」
若月、と呼びかけるとすでに準備を終えた若月くんがこっちに来た。何枚も札を持っている。対怪異の赤い札だ。
「何をするんですか?」
「無害認定って言っても、完全に放置するわけじゃないの。うーん、分かりやすく言うとお薬を処方する感じかしら。今からやるのは怪異性を表に出しにくくする術よ」
「つまり、ドラゴンになりにくくするってことですか」
「さすが、陽菜。一度怪異になった人間から怪異性だけを抜くのは無理だけど、その怪異性を弱めることはできる。まあ、結構難しい術だから二人がかりじゃないとできないし、時間が少しかかるんだけど、彼には負担がないから」
私は頷いて道を開けた。セリーヌさんと若月くんが南雲くんに近づく。振り返れば、こうして彼らが正面から向き合うっていうのは初めてだ。
「あなたが南雲一斗ね」
「はい」
「私はセリーヌ・クーヴレール、こっちは若月風助。私たちは怪異の専門家……あなたのような怪異を退治したり、その他の対処をしたりすることを仕事にする者よ。昼までの不適切な行動は謝罪するわ。ごめんなさい。今はこう言うだけしかできないけれど、あとで怪異管理局の支部から正式な謝罪があると思うわ」
「そこまでしなくても……迷惑をかけたことは事実ですし、ドラゴンが危険な化け物だってことは承知していました。自分からも謝ります。すみませんでした」
「いい子ね」
セリーヌさんは頭を撫でると、赤い魔法陣を数枚取り出した。そして、彼の全身に貼った。
「しばらく寝ていてちょうだいね。痛くしないわ」
「はい。お願いします」
次に出したのは白い魔法陣だった。親指の血で発動すると、南雲くんは一瞬にして意識を失った。さっき言っていたように眠らせたのだろう。
準備の第一段階が終わると、二人が南雲くんを挟んで両脇に立った。若月くんも札を貼ると『処方』が始まったのである。
「ベイカー・ウィークニング・モンスター!」
「若月流怪異弱体の術!」
同時に唱えると、魔法陣と札が光を放ち始め、南雲くんの体を包み込んだ。しばらくその様子を見ていると、セリーヌさんが声をかけた。
「成功したみたいね。もう少し経てば光が止んで、終わるわ」
「ありがとうございます。私、さっきは『あなたも化け物』とかひどいこと言ったのに……」
「それはお互い様よ。それに事実だもの。私は人間の皮をかぶった化け物よ。でも……」
「でも?」
「この化け物めいた不死身性を活かせる場所が私にはあるから。この力を疎んだり、恨んだりはしない。むしろ、これがあるから生き続けられるし、あなたや若月にも出会えた。不死身性さまさまよ。ところで……」
セリーヌさんはこっちに向き直すと、私の頭に手を乗せた。
「あなた、怪異管理局に入らない?」
「え?」
「マーメイドの化け物である私にも怯えず、最後には彼をしっかり守ろうとした。そんな姿勢に惚れたわ。もし局員になったら、その子の保護観察を任せてもらえるように私が掛け合ってあげるわ。一人が嫌っていうなら、南雲一斗を誘ってもいいわ。私のように討伐師として怪異退治に関われる。術なら私や若月が教えてあげる。どうかしら、ぜひ一緒に戦ってはもらえないかしら」
一緒に戦う? セリーヌさんのように武器を持って怪異を戦う――それを私が?
セリーヌさんは手をこちらに差し出す。
怖いけど、怪異管理局に入れば、南雲くんの保護観察を任せてもらえる。南雲くんを襲う怪異がいたとしても、私が対処できる。セリーヌさんの言う通り南雲くんが暴走しても、私が何とかできる。それに南雲くんも堂々と怪異の力を活かせる。
――南雲くんを守れる。
「嬉しい誘いです。ありがとうございます」
そう言いながら、セリーヌさんの手を取った。
「でも、お断りします」
そう言って、手を離した。
「私、学校に行かなきゃいけないんです。せっかく私を見てくれる人を見つけたんです。そういう人とやりたいことがたくさんあるんです。だから、お断りさせていただきます」
「そう……学校生活をエンジョイしなさい」
「はい」
セリーヌさんは私の髪の毛をぼさぼさにするまで撫で回した。泣いているようにも見えた。
そうか。これが終われば、彼女らとの縁も切れてしまうのか。私がさっきの誘いを断らなければ、そんなことなかったのだろうが、後悔はしない。この人たちとはこういう出会いだったのだ。
「ありがとう、陽菜」
セリーヌさんは優しくぎゅっと抱きしめた。暖かくて優しくて、心地よかった。
「ありがとうございました、セリーヌさん」
私は抱きしめ返す。
ふと横を見ると、光は止み始めた。もうすぐ終わる。
――全てが終わる。
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