第13話 彼は化け物じゃない
「さあ、私たちの仕事はこれからよ」
セリーヌさんはいろんな大きさの魔法陣を用意して言った。隣に立つ若月くんも札を大量に持っている。
南雲くんをまるで敵のように見る彼らの前に、私は立ちはだかった。
「もう何もしないで下さい。ドラゴンの謎は解けたんです。もうこれ以上、彼を傷つけないで!」
「言ったでしょう。私たちの仕事は『人間を守ること』なの。この怪異が人間に危害を及ぼす可能性があるなら、私たちは退治する」
「南雲くんは怪異じゃありません。れっきとした人間です」
「ドラゴンに変化する人間を人間とは言わないわ。彼は、あなたには何もしていなくても、町には危害を加えた。怪我人もいるの。彼は悪い怪異として退治する必要があるわ――そこを
「嫌です」
「だったらあなたも始末するしかないわね」
セリーヌさんはこちらに槍を向けた。完全に敵を見る目だ。だが、私はたじろがない。
「私は目を
「怖くありません。だって、あなたたちのお仕事は『人間を守ること』でしょう。そんな人たちがすすんで人間を殺そうなんてするはずがありません」
武器を持っていなくても丸腰ではなかった。私はじっと彼女を見つめる。槍は引かれない。隣の若月くんも白い札を何枚も用意する。彼さえも私を敵と認識したようだ。
すると、セリーヌさんは笑い出した。高笑いだ。
「あなた、私たちを信用し過ぎよ」
今度こそ、彼女の目が鋭く光る。
「確かに人間を守るのが仕事よ。でも、人間を守るのを妨害する人間を守るほど暇じゃないのよ。殺されたくなきゃ退きなさい」
私は頭を横に振る。
「だったら、仕方ないわね――――――っ!」
セリーヌさんは
「はああああああああっ!」
勇ましい声だけで倒れてしまいそうだった。しかし、ここを退くわけにはいかない。退けば南雲くんは退治されてしまう。
せっかくちゃんと分かったのに! お互いの気持ちが通じ合えたのに!
「あんたなんかに壊させない!」
気付けば、私は槍を受け止めていた。ずっしりと重いそれは体中に衝撃を走らせた。でも、逃げない。
セリーヌさんは何度も何度も槍を振る。
「若月!」
「はい!」
若月くんが走る。ドラゴンである南雲くんを退治するために。
「やめて!」
今度は若月くんに食らいつく。とにかく近づかせないように抱きつく。気付くと、腰の辺りを掴んでいた。
「離せ!」
「嫌だ! 南雲くんに近付くな!」
ダメだ。ただの女子高生が専門家にかなうわけがない。明らかな実力差があった。若月くんは私を払って、南雲くんに近づいていく。
「やめて!」
駆け出す私。必死になって掴んだのは、南雲くんの腕だった。止めることができないなら、一緒に逃げるしかない。
私は外に逃げた。とにかく二人から離れなきゃいけないと思った。もうすっかり日の落ちた道をどんどん進んだ。
走った。走って走った。
逃げた。逃げて逃げた。
道を見つけたら曲がって、道が続く限り走った。
でも、私の脚力では限界があった。
彼を連れて逃げた先は、ドラゴンと最初に出遭ったあの公園だった。
息が苦しい。肺が痛い。声も満足に出せない。脚がガクガクしている。もう動かない。体も冷たい冬の空気を受けて冷え切っている。
「あなた、結構諦め悪いのね」
同じ距離を、私を追って走ってきたはずなのに、二人とも全く息が切れていなかった。やはり一般人と専門家の違いなのだろう。
「どうして! どうして南雲くんを退治しようとするんですか! 彼は悪い怪異じゃありません! もうドラゴンになる理由はないし、そうなれば退治する理由なんてないはずです!」
「そういうわけにはいかないの。人間に害を与えた怪異は退治する、それが怪異管理局のルール」
「そんなことできない!」
「こいつはいろんな人を傷つけた化け物よ。あなたは害を
嫌だ。嫌だ嫌だ!
南雲くんは化け物じゃない。私と同じ世界で生きる人間だ!
「化け物はあなたでしょう、セリーヌ・クーヴレール!」
私は考えるよりも先に言っていた。
「マーメイドの肉を食べて回復力に満ち満ちた不死身のあなたこそ、化け物じゃないですか。たった一人の女の子を殺そうとしているあなたこそ、化け物じゃないですか。南雲くんは違います。私のことを考えてくれています。自分を退治しようとした相手に仕返ししようともしません。ドラゴンになった彼の方が、人間です。化け物なんかに、南雲くんは殺させない!」
闇になった公園に声が響く。
冷たい冬の風が私たちの間に吹き抜ける。緑色の髪が静かに揺れている。傷一つない肌が闇の中ではっきりと浮かび上がる。細くてもたくましい腕の先には槍が握られている。刃が月に照らされて輝く。
もう一度、改めて槍を構えた。
「セリーヌさん」
見つめ合う私たちの間を切り裂いたのは、若月くんの声だった。
「もういいですよ。武器を下ろして下さい」
私を
「よかったわね」
そう言いながら、私に近づいてくる。その目に敵意はない。私は警戒を怠らず、じっと見つめる。
「そんな怖い顔しないで。無害認定、下りたんだから」
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