第12話 ドラゴンの心と真実
「若月流
若月くんは白い札をドラゴンの全身に貼り、そう唱えた。
怪異人間分離の術は、怪異管理局の一部の局員にしか使えない特別な術らしい。彼が使ったのは若月家に代々続く術で、名前通り怪異から人間の部分を分離する術だ。
ドラゴンは若月くんの術でだんだんと姿を変えた――傷だらけの南雲一斗の姿に。
「正解だったみたいね」
セリーヌさんは言う。
南雲くんがドラゴン――だって?
南雲くんが私を『見』たいってこと? どうして?
「私立七星高等学校一年五組二十四番、南雲一斗。男。家族構成は父、母、兄との四人家族。父は四十三歳のサラリーマン、母は四十歳でアルバイトをしながら主婦をしている。兄は十九歳で近くの大学に通っている……調べたけど、陽菜ちゃんには言わなくてもよかったかな」
一応知っている。彼が話してくれたことがある。
「中学は同じところで、三年のときは同じクラスでした。たまたま同じ高校に進学して、同じクラスになりました。席は離れているのであまり会話はしませんが、彼は私を『委員長』と呼びます。三日前、頼まれていた仕事について話しかけられました。次の日もそれを気にして声を掛けてくれました。でも、今日は学校に来ませんでした。理由は大怪我をしたから……」
傷だらけの彼を見る。体中に刻まれた傷の血は固まっていて、直視することさえ難しい。
どうして?
どうしてドラゴンになったの? 傷をたくさん負った彼に聞くことはできない。
「言っておくけど、私たちに真相を百パーセント暴くことはできないわ。彼が『見る』という強い思いでドラゴンになったということは、私たちの推測でしかない。私たち怪異を管理する人間は人間を守るというのが最大の使命で、そんな詳しいことを知る必要はないもの。それでも知りたいなら、本人から聞くといいわ」
セリーヌさんは一枚の魔法陣を渡した。対怪異以外の白い魔法陣だ。
「ドラゴンのときに負った傷は、彼の体に連動する。私が戦ったときの傷も、風助が拘束したときにできた跡も彼の体には残っている。ドラゴンは怪異の中でも強い部類に入る怪異よ。人間よりも遥かに強い皮膚と回復力がある。ドラゴンのときは平気だった傷が、人間に戻ると重症になる。だからここで拘束の術を解いても、彼は目覚めないかもしれない」
渡した魔法陣をちらりと見る彼女。
「それは傷の治癒を早める魔法陣よ。あなたの血で目覚めさせてあげなさい」
頷く私。
そして傷だらけの彼をじっと見て、魔法陣を体の中心に貼る。セリーヌさんのナイフを借りて血を出し、魔法陣に付着させる。もう手慣れたものだ。魔法陣は彼の中に消えるように溶けて、傷口が少しだけ塞がるのを見た。
「……南雲くん」
呼びかける。
私はあなたから話を聞きたい。
真実を教えて――
「南雲くん!」
私の声は建物の壁や床に反射した。しかし、声は響き渡るだけ。私の息だけが聞こえる。彼の声は聞こえない。死んだように倒れている。
「南雲くん! ねえ、起きてよ! どうしてドラゴンなんかになっちゃったの? どうして私の前に現れたの? 何がしたかったの? 何がしたいの? どうして何も言ってくれないの――どうして私なの?」
「……お前が好きだからに決まってるだろ、委員長」
薄っすらと聞こえたその声は、確かに彼のものだった。委員長――私の周囲でたった一人そう呼ぶ彼。
南雲一斗が目を覚ましたのだ。
「……え?」
しかし、そんな呟きしかでてこなかった。
『お前が好きだから』?
私のことが好き――ですって?
「……それ、どういうこと?」
「どういうことって、委員長に好意があるってことだよ」
南雲くんはゆっくりと体を起こした。顔には赤い痕がいくつも残っている。表情を少し変えただけで痛みが走るくらい、傷跡がある。
そんな顔で南雲くんは私に
でも、ドラゴンは『鋭い眼光で睨む者』なはずだ。好意とそれじゃ随分違う。
どういうこと――と聞こうとして専門家の二人の方を向くと、彼らはどこにもいなかった。
「こっち向けよ」
彼の方に顔を向ける。私をじっと見ている。初めてドラゴンに遭ったときのように、じっと見つめている。思わず目を背けてしまう。
「お前はいつもそうだよな」
「……なんのこと?」
「
私が誰も見てない――?
それを言うなら逆だ。誰も私を見ていない。
「そんな顔するなよ」
南雲くんは私の顔を手でつかんで、無理やり目を合わせた。
「――
「……――――――!」
「気付いてないとでも思ったのかよ」
南雲くんはまた笑う。
「お前の方は気付いてくれなかったみたいだけどな」
「………………?」
「俺はお前に気付いてもらうために、ドラゴンになったんだから」
そう言われて、私は思い出す。初めて遭ったときも、二回目も三回目もいつも……あのドラゴンは私を襲おうとはしなかった。目の前に現れただけで、危害を加えようとはしなかった。事実、ドラゴンと対峙したとき、一度も怪我をしなかった。セリーヌさんや若月くんが退治のために戦っても、反撃はしなかった。
そうか、そうだったんだ――
「――気付いてもらうために、見続けてたんだ」
彼は恥ずかしいと言うように頷いた。
「言えば伝わるんだろうけど、そうすればこんなことにはならなかったんだろうけど、俺にはこうすることしかできなかった。言うなんて恥ずかしくてできなかったんだ。ドラゴンっていう存在になれば、気付いてもらえる。俺はずっとお前を気にかけていて、俺がそばにいるってことを。いつでも頼っていいってことを。お前が真面目でいい子なだけの人じゃないってことも、そういう言われるのが嫌だってことも、自分をつまらない人間だって思ってることも、だから学級委員長になったってことも、俺は知ってるってことを――お前を知っている俺がいるってことを。お前のことをしっかり見ている俺がいることを。俺は気付いてほしかった」
彼はこっちを向いて、深々と頭を下げた。額は床についていた。
「……ごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ。俺はただ、存在に気付いてほしかっただけなんだ。俺を見てほしかったんだ」
ただ頭を下げているだけじゃない。静かに泣いていた。
泣かないでよ。そんなことされちゃ、私がバカみたいじゃない。
私を見てくれる人なんていない――そうじゃない。私が周りを見てないだけだったんだ。ちょっと周りを見れば、ちゃんといたんだ。
私は南雲くんを起こして抱きしめた。抱きしめざるを得なかった。彼も私と同じだった。自分を見てほしかった。
「……ごめん」
抱きしめた私はそんな言葉しか出てこなかった。
ごめん。
気付かなくてごめん。
私だけだと思っていてごめん。
そんな風に思わせてごめん。
「――見てくれていて、ありがとう」
そう言うと、南雲くんは私の背中に腕を回した。そして声を上げて泣いた。
伝わった、ようやく伝わった――とか思っているのかな。
こんな感じで会話が落ち着くと、専門家の二人が戻ってきた。どうやら外に行ってくれていたらしい。二人とも笑っている。二人にも迷惑をかけてしまった。本当はこんな大騒動になる必要はなかった。
私は笑って頭を下げた。
こうして数日間のドラゴン騒動は幕を閉じた。
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