第11話 私は正体を見抜く
私はある程度気持ちが落ち着いてから、辺りをもう一度見た。やっぱり昨日のあのアジトだった。誰もいないが、ガラクタのようなものがたくさん置かれている。私は立ち上がる。まだ足が震えている。私の手には鞄が握られていて、制服には墨で文字が書かれている白い札が貼られていた。そういえば、彼は札を使うとか言っていた。これがそれなのか。
思えば、こんなことを昨日もされた。転移の魔法陣だ。また私は瞬間移動させられたらしい。
震える足でようやく立ち上がると、外から爆発音と破壊音がうっすらと聞こえてきた。私は足を抑えながら、外へ出た。向こうの方――学校の方から聞こえる。セリーヌさんが戦っている。若月くんも戦っている。
しばらくして音が止んだ。そして数秒後、若月くんが現れた。彼だけではない、向こうで合流したであろうセリーヌさんと大きな図体――ドラゴンが一緒に現れた。
「お待たせ、陽菜ちゃん」
「無事のようね」
身を案じてくれているようだが、二人の声は薄っすらとしか届かなかった。
ド、ドラゴンが!
どうしてここにいる?
一緒に現れたのだからどうにかして連れ帰ったのだろうが、どうしたというのだ。セリーヌさんの仕事はこいつを退治することだったはずだ。若月くんもそのために派遣されたはずだ。
「ど、どうしてここに……?」
「まあまあ。とりあえず座ろうよ」
若月くんはそう言うが、動いたらどうするつもりなのだろうか。こんな室内で暴れられたら、私は逃げ場がない。落ち着いて座っている場合ではない。
「大丈夫。こいつは動かないわ。そういう術をかけてるから」
「………………」
「それに、こいつはあなたを襲わない」
「どうしてそれが言い切れるんですか?」
「今から説明するわ。だから座りなさい」
セリーヌさんの目が真っ直ぐだった。私はこれ以上何も言わず、椅子に腰を掛けた。
セリーヌさんと若月くんが並んで座り、私が向かい合うように座る。二人の顔に笑いはない。さっきまで微笑んでいた若月くんも真面目な顔をしている。
まるで先生と面談するかのような緊張感。
見つめる二人。
私は今までで一番濃い視線を浴びている。
「私たちがこれから話すのは、ドラゴンの真相よ」
「どうしてこの町に現れたのか」
「どうして君の前に現れたのか」
「一体何をしたかったのか」
「一体誰なのか」
――誰?
「それを今から話すわ」
私は唾を飲み込む。
「まずは思い出してほしいの。ドラゴンはどんな怪異?」
「えっと……」
「本で調べていたでしょう。どんなことが書いてあった?」
「……鋭い眼光で睨む者――です」
「そう。怪異は自分の存在意義を大きく外れることはしないわ。ドラゴンがマーメイドみたいに歌声で人の心を惑わせたりはしないように、ね」
「じゃああのドラゴンも、何かを鋭い眼光で睨むために来たってことですか?」
「うーん、このドラゴンは『来た』んじゃなくて『現れた』し、『睨む』ってより『見る』かな。大きくは違わないね」
「あなたの――桐生陽菜の前に現れたっていうのは、きっとあなたを『見る』ためだったから、という理由以外ないわね。そういう存在意義なんだから」
桐生陽菜を『見る』?
「私はアイドルとかじゃないですよ」
「見たいって、それだけじゃないでしょう。例えば、『覗き見る』とか『見守る』とか……そういうのも『見る』でしょ」
「――『みつめる』っていうのもあるね」
『見つめる』――じっと見つめる。
『睨む』と少し似ているのか?
「じゃあ、少し話を変えましょう。今のは触りだと思っておいて。あなたにとって大切なのはここからよ」
「あいつは一体何をしたい誰なのか――」
向き直して、私を見つめる二人。まるでドラゴンのような目で。
「いい? よく聞きなさい。あのドラゴンは私と同じ――人間が変化した怪異よ」
人間が変化した怪異。
セリーヌさんがマーメイドの肉を食べてマーメイドの怪異になったように。
あそこにいるドラゴンは何らかの理由でドラゴンになった。
「だから二回目の戦いで赤い魔法陣が効かなかった」
セリーヌさんはドラゴンに指を差す。
「赤い魔法陣と白い札が貼ってあるでしょう。白は対人間用の術を使えるとは言ったわよね。それは札も同じ。あのドラゴンには赤と白を併用することでようやく術がかかるの」
「……セリーヌさんの場合はマーメイドの肉を食べるっていう手順があったじゃないですか。このドラゴンはどうやって怪異になったんですか?」
「ドラゴンは本来、人間がなれるような怪異じゃないんだよ。だからこいつは例外中の例外で、正直方法は分からない」
「怪異っていうのは人間の思いが作り出す神様みたいなものなの。私たちは思いが強すぎて人間自体が怪異に変化してしまったのではないかと考えているわ。だから、こうして生け捕りにして拘束して連れてきた。退治せずにね」
「……つまり、ドラゴンになっちゃった人間って、私を『見』たい誰かってことですか?」
「理解が早いわね。そう、あなたを『見』たいと強く思う――あなたの知っている誰かよ」
そう、か。
私を『見る』ことを強く望むということは、私の知っている誰かである可能性が高い。『見る』が『見つめる』という意味なら、さらにそうである。
「――じゃあ、誰なんですか?」
「一緒に考えていきましょう」
「……分かってるんですよね、お二人は。だったら答えを教えてくれてもいいじゃないですか」
「ダメなんだよ。言っただろう、怪異は人間の思いが作り出すものなんだ。だから、専門家である俺たちが答えを示すだけじゃダメなんだよ。今回の場合だったら、そもそも人間であるあのドラゴンがどんな思いを抱えている人物なのか、寄り添っていかなければ解決は望めない」
「だからちゃんと考えなさい。あなたの頭で――あなたの心で」
人間の思いで作り出されるものだから、人間の思いの思いで解決する――ということなのだろうか。
「はい」
「じゃあ考えましょう。あれが一体誰なのか」
「……ヒントを下さい」
「そうねえ」
「現れた時間とかかな」
現れた時間……一度目と二度目と四度目は学校の帰り道、三回目は夜中。いずれもに当てはまること? 午後で、それも日が傾き始めた頃……
「……学校が終わったあと?」
「そう。加えて、特に一回目、二回目、四回目はあなたがいるところに、ピンポイントにやってきた。つまり、あなたのいる場所を完全に把握していた。そんな人物、そう多くはないでしょう」
そんなのが私にいるわけがない。そんな私を見てくれる人がいるわけ――いや。そうでなくてもいい。私の通学路を把握している人物なら、いるじゃないか。正確にでなくても、なんとなく予想できる人物がいる!
「……どうして?」
「なんですって?」
「どうして、
「いいから、答えを言ってみなよ。君が導き出したその答えを――」
私は息を大きく吸ってゆっくり吐いた。
そして言う。
「このドラゴンの正体は――」
私は言う。
「――南雲一斗」
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