第15話 私たちのその後
後日談ということで翌日の話をしようと思う。ドラゴン事件が解決して専門家たちと別れた私と、怪異から人間に戻った彼の話だ。
あの事件以来、私と彼の関係はあまり変わらなかった。次の日だったし、いきなり変わるなんてことはないだろう。それでも少しは変わった。具体的に言うなら、たまに話すクラスメイトからよく話すクラスメイトに。だからこの日、私は初めてクラスの子と雑談した。本当にどうでもいい会話だ。
「お前、犬派? 猫派?」
「カメ派」
「カメ派? なんだそりゃ」
「カメ飼ってるんだ。可愛くてしょうがないの」
こんな感じで。どうだろう。ちゃんと雑談できているだろうか。雑談なんだからちゃんとしなくていいのだろう。ちゃんとしてない会話だろうか。
楽しい。
初めてそう思えた。高校生らしい高校生活をエンジョイできている気がした。とりあえず、やりたいことの一つ目はクリアした。
雑談に夢中になっていると、あっという間に十分間の休みが終わってしまっていて、先生が来た。焦って号令をかけたのも初めてだった。
やっと友達を作れた。これが友達なんだ。
今度、どこか一緒に行きたいな。そうも思えた。オシャレなカフェとかショッピングとか遊園地とか、行ってみたい。もっといろんなことをしたい。
そんなことを考えていると、板書を書き忘れていた。
さて、そんな一日が終わった。ホームルームが終わって教室を出ようとしたとき、声を掛けられた。
「委員長」
南雲くんだった。
「何?」
「ちょっと来てほしいんだけど」
「うん、いいよ。どこ行けばいいの?」
「屋上」
どうも強張った顔をしていた。何か新しい事件でもあったのだろうか。まさか、またドラゴンになってしまうとか!
いろんなことを考えながら、南雲くんの背中を追った。
屋上は立ち入り禁止区域の一つだが、規制線の一本もない。鍵もかかってない。私の前を歩く南雲くんは扉を開けて、屋上に上がる。そういえば若月くんと会ったときもここに呼び出されたっけ。この前よりは暖かいけれど、やはり制服だけで来るところではない。
南雲くんは奥まで行くと、立ち止まった。
「どうしたの、南雲くん。おしゃべりなら教室に帰らない? 寒いし」
「え、あ……ごめん」
あれ。どうも元気がない。彼も寒いのかな。
「南雲くん……」
「あのさ!」
急に私と向かい合った。でも、目は合わない。次の言葉を待つ。
「……昨日の答えは?」
「答え?」
質問とかされてたっけ。
「いや、その……ほら、お前のこと好きって言ったから。その答え」
「ああ、そのこと」
そういえば、答えを出していなかった。直接的に交際を求められたわけじゃないけれど、告白イコール交際を求めるというのは常識だろう。私はあの状況で交際を求められていたのだ。まあ、あのときは答えを出せるほど心に余裕がなかったけれど……いや、それよりも私を気にかけてくれる人がいるという事実が嬉しくてそれどころではなかった。
答えを出していなかったとはいえど、考えていなかったわけではない。登校途中に唐突に思い出して、告白されたな、付き合ってほしいってことだよな、どうしよう、と考えていた。高校生活には恋人が必要不可欠かもしれない。噂程度だけれど、クラスにも恋愛的な交際をしている子がいる。そういう人がいた方が、楽しいのかもしれない。
答えは出ていた。
「ありがたいんだけど……ごめん」
「……だよな」
南雲くんは薄く笑った。
私は言う。
「私にはまだ早いって思うんだ。南雲くんが友達になってくれて嬉しかった。こうやっておしゃべりしてくれて嬉しかった。実はずっとそういう人がほしくて、いろいろ一緒にやってくれる人がほしかった。それがやっと手に入って……南雲くん、私はやりたいことがいっぱいあるの。それはね、南雲くんと一緒に……友達と一緒にやりたいことなんだ」
「俺と……やりたい?」
「そうだよ。だから、もうちょっと友達でいてよ」
ちょっと図々しいかな。でもこれが本心だった。もう他人じゃないから、本心を言う。でも、傷つけちゃったかな。本心はときに牙になる。ドラゴンのように鋭い牙に。
しかし、南雲くんは笑った。ドラゴンの眼差しではなく、優しく瞳。
「そっか」
「……傷ついた?」
「いいや、納得した。なんかすっきりした。そっか。そんな風に思ってたんだな。知れてよかったよ」
南雲くんは笑っている。
「……泣かないの?」
「は?」
「だって私、振ったんだよ。どうして笑ってるの?」
「どうしてって……言ったじゃん、気持ちが知れたから」
そうじゃない。そういうことじゃない。私は友達として……
「――泣いてもいいんだよ」
頼ってほしい。
「肩でも胸でも貸してあげるから、泣いてもいいんだよ」
こういうときに頼ってもらえるのが、友達なんだから。
南雲くんは私に背中を向けた。肩が少し震えている。
「……女に慰めてもらうなんて」
「そんなこと言わないで」
バッグハグ。
こういうのは普通男の人が後ろなんだろうが、友達同士でやることじゃないんだろうが、振った人がやることじゃないんだろうが、私は抱きしめた。力いっぱい抱きしめた。慰めたかった。
「私が……振った私がこんなことしちゃおかしいんだろうけど、やらせてね」
「これもやりたいことだからか?」
「そうだよ」
「そっか」
南雲くんは声を出す。大きな声ではない。
暖かい。温かい。
私がずっとほしかったものだった。この温もりがどうしようもなく嬉しかった。
「辛かったね……」
振った本人が友人として慰めるなんてやっぱりおかしいけれど、この瞬間は今までで一番充実していた。
私たちの後日談はこれで終わりではない。もう少しだけ続く。後日談第一幕がおわっただけだ。だが、安心してほしい。後日談は二幕で終わる。ちゃんと終わる。
私にはまだ解決しなければいけない事案が残っていた。本来ならもう少し早く聞いてもよかったのだが、どうも忘れていた。ちょうどこのタイミングで思い出しただけの話だ。
「どうして私のこと委員長って呼ぶの?」
「ん?」
目の辺りをハンカチで拭う彼はそんな反応をした。ただの呼び名だけど、妙に気になっていた。今日だって名前で呼ばれなかった。昨日の告白だって、呼び名は『委員長』だった。どうして呼び始めたのか、どうして名前で呼ばないのか、まあ正直どうでもいいところではあるのだが、興味はあった。
「いや、別に意味ないならいいんだけど。ちょっと気になったっていうか……」
「俺が副委員長だから」
「え……え?」
「だから、俺が一年五組の学級副委員長で、お前が学級委員長だから『委員長』」
まあ、そうなんだろうけれど、どうしてその呼び名を呼んでいるのか……いや、それよりも私は――
「名前で呼んでよ。『委員長』じゃなくて私の名前で呼んでよ」
それが一番やってほしいことだった。
桐生陽菜――私にはそんな名前があるのだから。
「そうだよな。お前は名前で呼んでくれてるもんな。悪かったな」
「謝らないで。図々しいこと言ってるのは私なんだから」
「図々しいなんて言うなよ。友達が名前で呼び合うのは普通だぜ」
南雲くんがこっちを向く。少し目が赤い気がするけれど、寒さのせいということにしておこう。
「そうだよな、陽菜」
陽菜――!
私の名前で!
なんかそう呼ばれると照れ臭いけれど、こうなれば私も言ってあげないといけない。
「一斗くん、これからもよろしくね」
こうして私の奇妙な物語は終わった。いや、これから始まるのかもしれない。出遭って、別れて、出会ったのだ。
私の物語は終わった。
そして、私たちの物語は始まりを告げた。
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