第7話 マーメイドの彼女と行く

「聞いたことないかしら。マーメイド――この辺りでは人魚っていうのかしら――、上半身が美しい女性で、下半身は魚の姿をしている伝説上の生き物。綺麗な歌声で船乗りたちを惑わし、船を危険な目に遭わせる。船乗りから恐れられていた。でも、この地方では良い怪異として扱われてるんだっけそして、マーメイドの血肉を食べると不死の体を得られるという」

 セリーヌさんはそんな風に説明した。

「私は童話で読んだくらいです」

「だったら名前しか知らないのと一緒ね。絵本とか童話とか、あんなのはほとんど嘘よ。人間が娯楽のために作ったものだから、本物の伝説なんて載っけちゃったらエグい話になっちゃうわ。私はね、ただのマーメイドじゃないの。見ての通り、下半身は魚じゃないし、綺麗な歌声で誰かを惑わすなんてできない。私はマーメイドの肉を食べて、怪異性を持ったの」

「でも、それって伝説ですよね」

「あなた、ドラゴンを見てよくそんなこと言えるわね。もちろん嘘の伝説もあるけれど、マーメイドの肉を食べると不死身になるっていうのは、本当にあることよ。私がその証拠」

 傷をつけた腕を見せるセリーヌさんだが、もうその傷はない。痕すらもない。

「この不死身性はね、回復力に由来するものなの。私の体そのものが強力な回復力を持ってて、それが強すぎて結果的に不死身になったってだけ。そのほかは人間と変わらない。ちょっと鍛えてるけど、力は強くないし、足も速くないし、脚力も普通だし、泳ぎも普通だし。怪我がすぐに治っちゃうっていうだけで、十分化け物だけどね」

 さて、とセリーヌさんはお茶を飲み干した。

「捜索に行くわよ」

「もう再出発ですか。じゃあ私は帰りま……」

「何を言っているの?」

 彼女と目が合う。

「あなたも行くのよ」

「わ、私は怪異と戦うすべなんて持ってないですよ」

「もう、私の話をちゃんと聞きなさい。捜索に行くのよ」

「分かってますけど、でもまた出遭ったら戦闘になるかもしれない」

「あなたしかいないのよ」

 セリーヌさんは準備を始める。赤と白の魔法陣を服のいたるところにしまい込んでいる。

「あなたが思ってるより、状況はよくないの。ドラゴンは有名な怪異だけど、数は少ない。もともとは、ここから見て西の広い大陸にいる怪異で、こんな小さな島国にいるはずがないの。それが三日前、なぜか現れた。ずっと調べているけれど、何も分からない。手掛かりがあなたしかないの」

「そう、だったんですか」

「一般人を巻き込むのは規則違反なんだけどね。まあ、なんとかするわ。討伐師の仕事は悪性の怪異から人間を守ること――そのためだったらいくらでもお叱りを受けるわ」

 セリーヌさんは優しく笑って、私の頭をなでた。

「大丈夫。戦闘になったら私に任せなさい。私があなたを守るわ」

「でも、怖いですよ」

「もう、そんな不安な顔しないで。付き合わせるのは今回だけだから。明日になれば、応援が来るわ」

「……今回だけ、ですね」

「ええ」

「分かりました。今回だけ、頑張ります」

「ありがとう」

 セリーヌさんはさきほどしまった魔法陣をいくらか渡した。赤と白、同じ枚数だ。

「これは貼ったものを思い通りに動かせる魔法陣よ。赤は対怪異、白は対それ以外。自分の血をつけて、どうしたいか念じれば発動するわ」

「分かりました」

「さ、行くわよ」

 準備が終わったところで、セリーヌさんが、と声を出した。

「忘れてたわ。あなた、名前は?」

 そうだ、そうだった。自己紹介をしていなかった。

「私立七星高校一年の、桐生陽菜です」

「陽の菜で、陽菜ね。いい名前ね。まさにあなたは私の光よ」

 そんなことを言われたのは初めてだった。

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