第6話 私は正体を知る

  景色は消えて、現れた。

 次の瞬間、アスファルトだった地面はコンクリートになっていて、青が広がっていた空は灰色の鉄になっていた。

 場所が移動した?

「降りていいわよ」

 セリーヌ・クーヴレールさんは何の不思議も抱いていない風に、そそくさと紙から降りてガラクタらしいものがたくさん積まれた壁の方へ行って、何やらいじり始めた。

「早く降りて。片付けたいから」

「ああ、すみません」

 すぐにコンクリートの床に足を置くと、大きな紙はくるくるくるっと巻かれて彼女の手元に転がっていった。

 ここでようやく辺りを観察した。そこら中ガラクタだらけだった。その中には生活を感じられるものもあるけれど、最低限の家具しかない。台所もない。ベッドもない。食事をするための机と椅子のみ。建物だけ借りたキャンプ、というにはものが多い。

「そんなところに立ってないで、ぜひ座っていて」

「はい」

 そう言われて、見つけた椅子に腰かける。すると、二つのカップを持って彼女はこっちへ来た。どうやらお茶を淹れてくれたようだ。

「お待たせしたわね」

「いえ……」

「それよりもびっくり、かしらね」

 私は頷く。本来ならはい、めっちゃ驚きましたよ、とか言ってもいいのだろうが、状況が異常すぎてそんな長く答えられなかった。

「えっと、セリーヌ・クーヴレールさん……」

「ファーストネームでいいわよ」

「セリーヌさん、えっと何から聞けば……」

「まあ、まずは何をしたか、から話しましょうかね」

「は、はい」

「まあ、どうってことはやってないんだけど。今のは転移。瞬間的に私たちを移動させる術よ」

 普通にそう言った。

「術、ですか」

「発動の方法はいろいろあるけど、私は魔法陣を使ってるわ。柄によって発動できる術は異なってて、ほら、私たちが乗ったおっきな紙とあなたに貼った白い紙だって柄が全く違うわ」

 そう言われて思い出した。まだ制服にそれを貼りっぱなしだった。

「……赤のやつもそうですか?」

「そうよ。さっき使ったのは動きを制御する魔法陣」

 さて、とセリーヌは言った。

「あなたを連れ去った理由から話しましょうかね」

「お、お願いします」

 セリーヌさんは急に真っ直ぐと私のことを見た。そして改まって話し始めた。

「怪異には現れる理由が必ずある」

「………………」

「ドラゴンはあなたの前に二度、現れた。それには絶対に理由がある」

 理由――怪異?

「あの、怪異って……?」

「ああ、そうね。それから話さないと分からないわよね。ごめんなさい。普通の人間と話すのは久しぶりなの」

 普通の人間?

「妖怪、怪物、妖精、精霊、化け物、幽霊……そういうのをひっくるめて私たちは怪異かいいと呼んでいるの。怪異――怪しくて異なるもの。現実の世界に存在する生物やもの・・とは存在する意味も意義も違う。普段、人間がお目にかかることはないけれど、ちゃんと存在している。たまに人間の前に現れて、ものによっては人間や他の生き物に被害を与える」

「危険な存在――なんですか?」

「違うわ。怪異は基本的に無害な存在よ。だけど、ときどき人間に害を及ぼすのがいるの。それを排除するのが、私たち」

「私――たち?」

「怪異討伐とうばつ師と呼ばれる人たち。私がその一人よ」

 怪異討伐師。怪異を討伐する人。

「怪異管理局かんりきょくっていう組織にある役職の一つよ。まあ、そこまではいい。私が怪異討伐のお仕事をしていて、それでこの町に来たっていうのが分かってくれればいいわ」

「はい」

「さて」

 セリーヌさんは淹れたカップにようやく口をつけた。

「ドラゴンはあなたの前に二度、現れた」

「はい」

「心当たりはない?」

「心当たり、ですか……」

「ドラゴンと出遭うようなきっかけでも、最近起きた不思議なこと、事件、事故……なんでもいいわ。何かない?」

 そう言われても。

 あったらすでに言っている。

「……ないです」

「そっか」

「すみません」

「まあ、たまたま二回現れたってだけかもしれないし、いいのよ。これもあるしね」

 と、言いながら取り出したのは大きい方位磁針のような物体だった。セリーヌさんがそれに手をかざすと、何やら矢印のようなものが浮かび上がって太陽がある方を指した。

「これはその魔法陣の居場所を教えてくれる魔導まどう方位磁針っていう道具。うん、どうやら南西の方向にいるようね」

「まさか、さっきもこれで?」

「そうそう。でももうすぐ効力が切れるわ。持って今晩まで」

「大丈夫なんですか? さっきも厳しい感じだったけど……。あと傷も負ってるだろうし」

「そうね。意外と厳しい戦いになりそうだわ。でも、傷とか怪我とかの心配ならいらないわよ」

「はい?」

 セリーヌさんは席を立つ。

「見てなさい」

 腰に差さっていたナイフを抜いて、腕に当てた。そして、ナイフを引いた。

 もちろん出血する。赤い血が綺麗な肌の上を流れていく。

「あ……」

「大丈夫。よく見てて」

 何をするのか、私は傷口をじっと見た。しかし、何もしようとはしない。どうするつもりだろうかと考える間もなく、傷口はひゅいっと治った。

「え? 今、何を?」

「何もしてないわ」

「どういうこと? でもちゃんと傷が……!」

「ええ。だから言ったでしょ。私には傷や怪我の心配がいらないの。こんな風に、傷が自然に治るから・・・・・・・・・

 これが自然治癒?

「あなた、人間ですよね」

「これが人間業に見える?」

 見えない――けど。どこからどう見ても彼女は人間にしか――

「私は怪異。マーメイドの怪異よ」

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