第4話 やはり誰も見ていない

 今日も学校が終わった。校内であんな出会いがあっても、午後の二時間授業はちゃんと始まって終わるのである。強いていつもと違う点を挙げるなら、今日は清掃の担当であるということだ。大掃除ではなく、毎日行う教室の掃除だ。私は毎週火曜と水曜担当で、両日とも水拭きの役割だ。……とはいえど、これもほとんど雑談タイムだ。誰も真面目に掃除する人はいない。一応、きちんと椅子と机は教室の後方に下げるが、それだけだ。先生がいなくなった瞬間、みんな仲良し同士で集まって、おしゃべりを始める。

「掃除、頼むな」

 先生に毎回言われる台詞せりふである。

 頼む? 何を。

 私が何か言ったところでちゃんとやるようになるというのか。私は誰にも見えてないのだ。そんなやつが何を言おうと空気と同じだ。

 だから、とりあえず何も言わない。私がちゃんとやればいいだけの話だ。多分、私だけじゃ綺麗になんかならないだろう。それでも先生は何も見てない。あの人は私が何をやったって見ていない。

「桐生さん、もう雑巾がけしていいよ」

 このクラスで清掃を真面目にやる人物はもう一人いる。出席番号四番、井川いがわ沙季さきだ。彼女はこの年最初のロングホームルームで委員会役員を決めたときに、率先して美化委員に立候補した女子生徒だ。前にロッカーの中を見たことがあるが、教科書が大きさと教科ごとに並べられていた。どうやら綺麗好きらしい。

「うん」

 井川さんは持っていたほうきを雑巾に持ち替えて、私の隣にしゃがんだ。そしてスカートがめくられることなんて気にしないで、端から端へ雑巾をかけていく。私もそれに続く。冷えた水で濡らしたせいで手が冷たいが、床とこすれて熱くなってきた。

 ちょうどももの辺りが痛くなってきたと思ったら、雑巾がけが終わった。

「桐生さん、一緒に雑巾洗いに行こう」

「うん」

 井川さんは雑巾とバケツを両手に持って、私と教室を出た。

 廊下に出ても誰も掃除はしていない。教室の中ではクラスメイト同士がしゃべっているが、こっちは他クラスの生徒との会話を楽しんでいる。所詮、どのクラスも同じだ。どうせしっかりやっている人なんて数えるほどしかいない。

 彼らをかき分け、水道へ行く。蛇口をひねる。うちの学校には温水の水を出す水道なんてないから、管から出てくるのは外気に冷やされた冷水だ。手がかじかんでしまうが、雑巾を洗う。水で付着したほこりちりを落とす。しかし、それでも雑巾は汚いものだ。手洗いじゃ限界がある。

「学校に洗濯機設置してほしいよね。こんな汚い雑巾だと掃除しても綺麗にならないよ」

「そうだね」

「雑巾って消耗品だから、何度か使ったら捨てないと。ほうきも新しいのがほしいんだよね。定期的に掃除はしてるんだけど、毛先がもうバサバサだし……掃除機あれば楽でいいんだけど」

「掃除、好きなんだね」

「楽しいからね」

 彼女と私じゃ掃除を真面目にやる理由が違う。別に私は掃除好きじゃない。むしろやらなくていいと言われたらやりたくない。しかたなくやっているだけだ。

「桐生さんも好きだよね」

 こいつも私を見ていない。何を考えているかなんて、分かっていない。

 私は微妙に笑って雑巾を絞る。

 さて、雑巾を片して机を元に戻せば、掃除は完了する。

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