8話:ずっと一緒の二人
「はい、ストーップ!」
第四者の介入で激戦の地と化すであろう病院の一室が凍りつく。
「ーーおまえ、は……」
「久しぶりだな! リゥ! 見た目はすンげー変わってるけどっ!」
龍翔とクロの間に割って入ったのは赤い短髪を揺らし赤く大きな瞳を輝かせ赤く派手な服装。まさに全身を赤で統一させたーー少年だ。年は龍翔と同じか少し下くらいだろう。そんな少年は龍翔を見てカカカと笑い肩をポンポンと叩く。
かなり明るく親近感の湧きやすい、周りを賑やかにするクラスの中心となるようなタイプの少年だ。が、明らかに普通の少年ではない。風貌もそうだが、なにより先程の行動。龍翔とクロの本気の拳を軽々と同時に受け止めていたのだ。そんな少年の名はーー
「ゴウ、様……」
少年、ゴウを見て、クロが一歩後ろに下がり、深々と頭を下げる。
そんなクロの行動に、晟は目を見開く。ついさっき、龍翔から聞いた話にもゴウという名前の人物がいた。もし同一人物なのであれば、あの少年も四天王の一人だ。
「よぉ、クロ。帰りが遅いから何があったのか思って見に来れば、四天王の一人とタイマンか? 偉くなったモンだなぁ、随分」
「返す言葉もありません……」
若干煽り口調のゴウに対し、クロは反論をしない。ーーいや、しないのではなく、できないのだろう。
天使であるクロの低姿勢を見る限り、間違いなくゴウは四天王の一人だ。
天使とは、四天王に仕える存在で、かなり上の地位にあると龍翔が話していた。そんな天使が頭を上げられないのであれば、四天王で間違いないだろう。
「ゴウ、折角来てくれたところ悪いが、俺はリゥではなく龍翔を選んだ。そして何より、『元』四天王だ」
元の部分を若干強調してあくまでも龍翔であることを貫く。そんな龍翔を見て病室の隅で沈黙を続けていた晟は嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ちで何が本当の気持ちなのか分からなくなる。もしかしたら、龍翔を送り出してあげた方がいいのではないかとも考える。しかし龍翔がいなくなってしまうのは辛い。どうしていいか分からない晟はひたすらに沈黙を続ける。
すると、ゴウは一瞬晟の方を見て優しく微笑み、龍翔の方に視線を戻す。そして小さくなっているクロを余所にして龍翔に問いかける。
「俺らを差し置いて優先するくらいに、おまえはあの少年のことが大切か?」
「ああ、勿論だ」
龍翔は一瞬の迷いもなくそう断言する。
するとゴウは深く息を吐き、優しい目で笑いながら口を開く。
「ならーー」
瞬間、晟の背中が凍りつく。″なら″とは、さっきクロが戦闘態勢を表明した時にも使った言葉だ。
クロと同じ異世界人で、龍翔と同じ四天王の一人であるゴウ。そんな立ち位置にいるゴウであれば、クロと同じ行動を取っても不思議ではない。
クロとゴウの二人がかりとなるなら、実力行使で龍翔が勝てる見込みは殆どないであろうと晟は予想する。勿論、ゴウとクロの実力がどれほどのものか分からないが、記憶を取り戻したばかりで、さらに昨日怪我を負った身の龍翔に、同格の四天王とその四天王に仕える天使。普通に考えれば四天王とのサシでも危険なのに、助っ人が加わればもう不可能に近いだろう。
これでもう、龍翔とは会えないのかと、晟は理解する。しかし、やるだけのことはやろうと、密かに体に力を込める。そしてーー
「ーーそこの少年と、一緒に来るンはどうだ?」
「ーーは?」
「ーーえ?」
「ーー」
ゴウの言葉を聞き、龍翔と晟は呆気にとられ、クロは無言でいる。
「ン?」
三人の反応に対し、ゴウは首を傾げる。まるで、なにかおかしなことでもあったのかと聞くように。
「おまえ、なにを言って……」
「だってそうだろ? 俺やクロはおまえを連れ帰りたい。でもおまえはあの少年の傍を離れたくない。そンなら、おまえとあの少年をセットにして連れ帰ればいい。リゥもクロも、一つの目的だけに気を取られすぎなンだよ」
そう言って、ゴウは頭の後ろに手をやってカカカと笑っている。
「ゴウ様。お言葉ですが、こっちの世界のニンゲンを向こうに連れ込むというのは……」
これまでずっと低姿勢だったゴウが初めてゴウに反論する。その言葉にはこっちの世界の人間を見下すような、そんな口調が混ざっていた。
「なら、こっちの世界の人間になったリゥも諦めるか?」
そんなクロの反論を軽々と論破するゴウ。
ゴウの言葉は確かに正論だ。龍翔は今や、こっちの世界の人間である。今の理由で晟を区別するなら、龍翔は晟側に入る。
「おまえは、人間を初めとした自分より下の存在を見下しすぎだ。人間の話になるとどこかトゲのある口調になる。少しは人間の価値を知り、人間という存在を認めたらどうだ? ーーそれとも今ここで、俺とやり合うか? 天使のクロさんよォ……」
さっきまで明るかったゴウの表情が一気に重くなり、やり合うという言葉と天使と言う言葉に意味深な重さがあった。やり合うというのは、殺り合うということだったのかと思うほど、その言葉には殺気があった。
「ーー申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」
重く鋭くなったゴウの言葉に対し、反論を試みたクロは一瞬で後ろに下がり膝を付く。
そんなクロを見遣り、再び龍翔に視線を合わせる。
「それで、どうだ? その子と一緒に帰って来る気はないか?」
「晟と、一緒に……」
龍翔は晟の方に視線を向ける。すると晟は視線を下げて顔を伏せる。
やはり、ダメか……そんな都合良く行くわけがない。それならやはり向こうの世界には行かない。行けないのだと、龍翔はそう感じた。
そして晟がゆっくりと頭を上げる。
「ーーいいよ! 俺、龍翔くんと一緒に行く!」
病室に戻ってから約一時間。龍翔と晟の異世界行きが決まった。
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