7話:少年は龍翔を選ぶ

「ーー龍翔、くん?」


「ーー晟」


 青年は病院のベットで、目を醒ました。

 それに気づいた晟は、その少年の名前『だった』言葉で呼びかける。そんな晟を見て少し落ち着いた、しかし少し寂しげな表情を浮かべる。


「目を醒されたということは、記憶は取り戻して頂けましたか?」


「クロ、か……」


 椅子から立ち上がり自分の傍に歩み寄るクロを見やる。


「おまえは、俺に記憶を取り戻すためにここに来たのか? それとも、単純に俺を連れ戻すためか?」


「どちらとも、ですかね。私の目的は『リゥ様』を連れ帰ることです」


「そう、か」


 お互いに理解し合ったように話を進めている二人を見て、晟は一人置いていかれる。この場の状況を理解出来ていない晟は何を言っているかさっぱり分からない。


「ね、ねぇ龍翔くん。なんの話しをしてるの? リゥ様って、誰?」


「クロ、おまえ。少しくらい話しておけよ」


「すみません。この方の立場がどのようなものか分からなかったので、下手なことを口にしてはいけないと思い……」


 全く理解出来ていない晟の様子を見て、説明をしていなかったクロに対し少年は嘆息する。

 そして、クロのこと、少年のこと、自分がさっき体験してきたこと、そして自分の『前世』のこと。それらを全て少年の口から説明する。


「ーーてことは、龍翔くんは元々異世界人で、本当は『リゥ』って名前。それでその異世界では四天王って呼ばれる存在で、この世界と向こうの世界の歪んだ時空を直すために仕事をしてる最中に死んで、本来なら異世界で生まれ変わるはずなのに歪んだ時空にいたせいでこっちの世界に転生してきたってこと?」


「そうだな。それでその俺をこっちの世界で見つけ、クロが俺を連れ帰ろうとしてるわけだ」


「つまり、龍翔くん……じゃなくてリゥくんは、向こうの世界に行っちゃうってこと……?」


 やっと晟は今回の事の顛末を理解することができ、話を進める。

 しかし、それらを理解出来たのに、理解した途端に少年が、龍翔が、いなくなってしまうことを知り、晟はこの上なく落ち込む。いつの間にか晟の目からはまた涙が零れている。昨日から今日までで、一体どれだけ泣けばいいのだろう。また、晟を悲しみが覆う。

 しかし、そんな晟を見て青年は晟を抱き、頭を撫でる。そしてーー


「俺は、そっちの世界には戻らない。」


「ーーは?」


 クロの方を振り返り、目付きを鋭くして力ずよくそう断言した。その瞬間、クロは目を見開き、声を漏らす。青年の腕の中で泣いていた晟も顔を上げて目を大きくしながら少年の方を見る。


「もう一度言う。俺は、『天野龍翔』は、そっちの世界には戻らない」


「な、なにを……? 何を言っておられるのですか! リゥ様! あなたは今記憶を取り戻したはず! あなたのいない世界で、四天王の残りの御三方は大変困っておられます! あなたがここで生きてきた15年間! ずっと皆様は三人で仕事をなさっているのです! そして漸く見つけたと言うのに、戻られないとは、どういうことですか!?」


「言ったはずだ。俺は戻らない。そして、俺はリゥではなく、天野龍翔だ」


 必死に言葉を尽くすクロに対し、リゥは……龍翔は、自分の意志を曲げない。


「俺はさっき、約束したんだ。何があっても晟を守ると。守らせてくれと、自分から頼んだんだ。そんな話をした直後に、晟を置いてそっちの世界に戻るだと? そんなこと、出来るわけないだろう?」


「ーーあなたは、自分で何を言っているのか、理解しているのですか? あなたは、その少年だけのために、あっちの世界も! 我々も! 全て見捨てるというのですか!? 私たちよりも、そっちの少年を優先すると言うのですか!?」


「そうだ! そうだとも! 俺は晟を優先する。俺の一番は晟で、最優先も最重要も晟だ!」


 元の世界よりも、今の世界のただ一人の少年を優先すると言った龍翔に対し、クロは声を荒らげて怒鳴る。先程までの冷静な態度とは打って変わって、激情を露わにする。そんなクロに対し、龍翔も一歩たりとも引かない。


「ーーそうですか、分かりました。あなたがそこまで仰るなら……」


 そう言って目を瞑り深く息を吸い込み、息を止めるそして、カッと目を開き……


「力ずくでも連れ帰ります!」


 そう言って、実力行使をすると表明し、龍翔に向かって戦闘態勢を取る。そしてそれを見た龍翔は晟を部屋の隅に移動させ、一呼吸置いてからクロの方を睨みつけ……


「高々使の分際で……思い上がるなァッ!」


 右足を一歩後ろに下げ、手を体の周りで構える。そして腰を少しだけ落とし、先程のクロよりもさらに大きい声で怒鳴る。


 そして二人は互いに睨み合い、なんの合図もなく二人同時に一歩踏み込む。そしてお互いの拳がぶつかり合ったと思った瞬間ーー


「はい、ストーップ!」


 突如、クロでも龍翔でも晟でもない四人目の声の介入があった。

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