4話:大切な貴方へ
「ーーぁぅ」
強い日差しに照らされて、龍翔は病院のベッドで目を覚ました。
「龍翔、くん……」
「ーー晟、か」
声のした方を向くと、そこには晟が椅子に腰をかけて座っていた。
その反応を見て晟は無言で頷く。
そして龍翔は意識を失う前のことを思い出す。
ーー久しぶりの母校、そこで嘗ての担任と出会い、その後卓球部へ。そしてそこで一緒に練習し、帰り際の突然の火災。晟を助けるために火の中に飛び込んだ。意識を失う前のことはだいたい思い出せた。だが、一つだけ気になることがある。どうしても聞かなければいけないことが、一つ。
「ーー怪我、大丈夫か?」
予想外の言葉に晟は目を丸める。自分のせいで大怪我をさせてしまった。何を言われても仕方がないと、晟はそう覚悟を決めていた。しかし、龍翔はそれを責めるどころか、心配してくれたのだ。そんな言葉を聞き、晟はずっと勘違いしていたことに気付く。苦しそうな寝顔を見て、自分のせいで苦しませていると、そう思っていた。だが実際は違う。龍翔は、寝ている間もずっと、晟のことを心配してくれていたのだ。
「ーー大丈夫」
俯いたまま、晟は静かにそう答える。晟の怪我は軽い火傷で、龍翔から貰った服を被っていたためかなりの軽傷だった。
「そうか、なら良かった」
その言葉を聞き龍翔は優しく微笑んだ。
「でも、龍翔くんは……」
そう、優しく微笑む龍翔は、とてもそんなことができる状態などではないはずなのだ。
病院に運ばれた時の龍翔は、全身に火傷を負い、左足を骨折、両足のアキレス腱は切れていて、左肩を脱臼。体には無数の擦り傷や切り傷が残っていて、今も全身に包帯をまいている状態だ。幸い脳や内蔵などには問題はなく、火傷も皮膚呼吸ができる程度であった。
「ーー俺の、せいで……俺が、自力で逃げてれば、龍翔くんは、こんな……」
「晟……屋上に行こう」
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病室を出て、2人は屋上に来た。
ーーそして、2人は向かい合ったまま、一呼吸置いて龍翔が口を開く。
「晟、そんなに自分を責めるなよ。誰もおまえが悪いなんて思ってない。俺は、おまえが無事で本当に良かったよ」
真っ直ぐに、龍翔は強くそう言う。
「でも、俺のせいで龍翔くんは、こんなに怪我して……」
そうだ、そんなに言われても、怪我をさせた事実は変わらない。そんな事実をほかの誰が許しても、晟はそれを許さない。許さないと、そう決めたのにーー。
「でも、生きてるだろ」
「ーーえ?」
またしても、晟の心が揺らぐ。
「俺も晟も、どっちも生きてる。意識はあるし、今はどこも痛くない。でももし、あそこで俺が助けに行かなかったら晟はどうなっていた? 今、ここにいたか?」
ーーいない。いるはずがない。当然だ。あの場で龍翔が助けに行かなかったら、明らかに命を落としていた。
しかし、だからこそ、自分を許し難い。自分の命と引き換えに、龍翔に大怪我をさせてしまった自分を、許すことは出来ない。
「俺はさ、めっちゃ弱いんだよ。自分一人で生きて行く力は全然ない。腕力はないし、知恵もない、料理は出来ないし、ほかの家事も殆どダメだ。人の好き嫌いも激しくて、短気なのもあるから直ぐにストレスが溜まってどうしようもなくなる時がある。だからさ、誰かに頼らないと、生きていけないんだよ。誰かに支えてもらって、心の拠り所がないと、生きていけないんだ。だから、これまでに何回も晟を頼ってきた。晟がいなかったら、多分、今頃俺は擦り切れてたよ。夏休みなんて迎えられないまま、高校辞めてたかもしれない。それだけ晟は心の支えだったんだ。だから、そんな晟を見捨てることなんて出来ない。出来ないし、したくもないんだ」
これが、今までずっと溜め込んできた言葉なのだろうか。或いはこれでもまだ一部なのだろうか。晟の頭はそんな疑問でいっぱいだ。しかし、一つだけ言えることがある。それは、この言葉に嘘がないということ。自分を心の拠り所にしてくれてること、毎日頼ってもらえていたこと、それだけ大切にされてきていたこと。全てを理解した。でも、やはり疑問は尽きない。嘘じゃないと、真実だと分かったからこそ、疑問は尽きない。
「なんで、そんなに?」
ぽつりと、晟は呟く。
「なんでそんなに、俺にしてくれるの?」
なんで、か。そんなの、決まってる。ずっと、決まってたんだ。遂に、その気持ちを言葉にして伝える時が来たのだと、龍翔は確信し、決心する。
「――俺は君が好きだ」
青く透き通り、雲一つない快晴の空の下。とある病院の屋上で、一人の青年が一人の少年と向き合い、青年は、無言で目を丸くしている少年の頬に手を触れる。
柔らかく、僅かな弾力のある、温かい頬の温もり。それを両の手全体で感じながら、己の心の中で好きだという感情が高まっていくのを自覚する。そして青年は、言葉を繋げる。
「俺の行動する理由。それは全て君にある」
しっかりと目を合わせ、視線を逸らすことなく、もっと言えば瞬きもしていなかったのかもしれない。頬を触られていた少年は呼吸すらも忘れていた可能性がある。
ふざけた要素など微塵もない。そこには素直な気持ちと、真っ直ぐな想いがある。
少年の頬に触れていた青年の手は、心情の変化からか、少年の頬から両肩へと場所を移している。
しっかりとその存在を確かめるかのように、グッと力を込めた手で己の中で『成し遂げる』という覚悟が高まっていくのを感じる。
「君が好きで、君が大切だからーー」
二人の視線は一ミリも動かず、動かないその瞳には、お互いの目がしっかりと映っている。車の音も、風の音も、人の声も、虫の声もしない。
――否。
二人の間で、その全てが遮断されているだけだ。時折、人は極度の集中状態になると周りの音や声を認識しなくなることがあると言われているが、今回のはそれを遥かに超えている。それだけ、二人にとって重要な時間であるのだろう。
二人以外の時間が止まっているような世界で、青年は一呼吸置いて、最後の言葉を放つ。
「――君の傍そばで、君を守りたい」
そう。決してかっこいい言葉ではなく、気取ることでもない、シンプルな希望であった。
だがその言葉が、もう一人の少年の気持ちを揺るがし、そしてこの先の二人の未来をも動かすことになる……
二人のこれからの、『
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