第39話 跳んで火に入る――


 山積みの問題の中、とにかく優先順位は先輩捜しと脱出だ。

 悦田には電話を掛けられる。連絡手段はある。

 早く脱出しさえすれば、タンクのあるトイレを探す事も容易だ。


「ど、どうしよう、アヤトくん」

 不安そうな志戸が、俺を見上げる。

 俺は、志戸の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。

「真っ正直に出て行ったら、大人たちに捕まるのがオチだ」


 このアナウンスでもう一つ、嫌な事がわかった。


「そして……俺たちが、先輩を捜しに潜り込んだ事がバレているってことだ」

 志戸、泣きそうな顔をするな。


「このアナウンスは、他の人は気付かないが、俺たちだけに向けたメッセージってところだよ」

 俺たちのことがばれている。俺も泣きたい。


 が、泣いているわけにはいかない。

 どうやって逃げるか……いや、何もしないまま逃げ出すわけにはいかない。

 せっかくここまで来たんだ、出直したりなんかしたら、二度と先輩の行方は分からなくなるだろう。


 この名前が相手に知られているという事は、先輩が無事だったという事。意識を戻して、名前を名乗ったという事。


 そして、ここの連中はそれをダシに俺たちを誘っている。


 どうする? どうする?


 潜入していることがバレているなら悦田の事も心配になる。あいつのことだから――


「ああああああああああ!!!!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 再び、俺が奇声を上げ、志戸も奇声で返す。


「悦田だッ! あいつのことだから、きっとこの放送に釣られて!」


「行っちゃいますね……」


 だあああああああああああああーーーーっ!!!!

 短い付き合いだが、簡単に想像がつく! 

 あいつなら飛んで火に入るぞ!


 優先順位変更! 悦田を食い止める!


「とにかく、地下2階エントランスホールの様子を見に行くぞ!」

 もしもコソコソしている悦田を見つけられれば、合流できる。それに賭けるしかない。



※※※


「志戸、あれだ。やっぱりな」

 エントランスホールに繋がるいくつかの通路。その一つから、志戸と俺は様子を覗いていた。

「黒SSですね」


 遠くでエンジン音やガッチャンガッチャンと賑やかな音が聞こえる。たぶん、侵入してきたあのトラックヤードもどきがあるのだろう。


 エントランスの上に光る表示板には――「偲辺東・第3集積エリア」


 んー。

 なんか見覚えが……って、戻ったのか!?


 走り回った結果、侵入した近くに戻されてしまった!

 おいおい……。

 エントランスから伸びている広い路面が、あの空間に続いているのだろう。


 侵入者を捕まえるなら館内に引き込むより外に近い広い場所で。


 そりゃそうか。多数の人間で捕まえようとするなら、そうするだろう。

 案の定、エントランスホールには7人ほどの警備員が待機していた。志戸の言う通り、全員黒SSのようだ。


 耳元から伸びたインカムに頷いた一人が、声を飛ばした。

「来るぞ!」

 やっぱり来たのかよ……。

 志戸と俺は頭を抱えた。




 ゴツめのデニムジャンパーと黒デニムパンツ姿の人影が、廊下の一つから跳び出してきた。

 覆面をしているが、右手首には真っ赤なバンダナのワンポイント。


 「アッちん! モガ……」慌てて志戸の口を塞ぐ俺。


 悦田の後方から何人かが怒声を上げながら追いかけてくる。

「あいつ、逃げてるところかよ!」

 相手の戦力増やしてどうする!!


 疾風のように跳びこんできた人影は、ホールの様子に一瞬怯んだ様子だったが、すぐさま待機していた黒SSの一人に向かって突っ込んでいった。

 姿勢を低くしてそのままの勢いで――捕まえようとした黒SSの目の前でいきなり沈みこみ、足からスライディングを仕掛ける。

 空振りする腕をくぐり、その背後でスッと立ち上がって駆け抜ける。

 そこに横手から二人目の黒SSが腕を伸ばしてきた。悦田はその腕を掴むと流れるように背後に回り込み、勢いのまま引き倒す。腕を変な方向に引っ張られ、自然と黒SSはそのまま床に叩きつけられた。

 その周りから3人目と4人目が一斉に飛びかかろうとする。――が、絶妙な方向に引き倒した二人目が邪魔をして、4人目のタイミングがずれた。

 すかさず、悦田は床に倒した二人目の腹部をそのまま踏み付け跳びあがる。そばにあった待合用のテーブルをステップ台にし、テーブルを挟むように着地。残った3人目から距離を取った。

 追いかけてきた黒SSを含め、10人に取り囲まれる悦田。一人は床に倒れている。


 今の動きを見て、黒SSたちは警戒心を強めたようだ。

 多数ではあるが、多数であるが故に捕まえるタイミングを互いに見計らっているように見える。



 柱の陰で呆ける俺。

 悦田……お前、えげつないな……。


 悦田の動きは背の高さもあって、ちょこまかとした軽快さではなく、長い手足を変幻自在に舞うダンスのように見えた。


 ジリジリと10人の黒SSが動く。


 あ。


 気がついた。手を出しかねているんじゃない。連携して悦田を壁に追い詰めていっている。


「一番奥の警備員さんが、手を色々動かしてます!」

 志戸が手をフニャフニャ動かしている。たぶん真似しているんだろう。

 悦田の死角になっている黒SSがリーダーか。


 このままでは、悦田が捕まって余計に面倒な事になる……。

 俺は冷静になるためにも、3回ほど深呼吸をした。


 よし。


 俺は一か八かに賭けることにした。

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