第38話 問題は山積み、状況はドツボに。
ミミとファーファが俺たちの手のひらの上で、ちょこんと正座している。
『わたしたちは、いつも、いしきをひらいています』
『しかし、いしきをとざすことも、できます』
息を詰めた俺たちに、淡々とした涼やかな声で二人は話し始めた。
※※※
以前、聞いた事がある。
ファーファたちは意識体だ。彼女たちは常に意識を交流している。かといって、全てを撒き散らしているわけではない。お互いに意識が触れ合えば、全てが分かるらしいが、全てを「把握」するわけではない。そんな状態なのだそうだ。
ヒトで言うところの「姿」を思い浮かべて欲しい。会えばその外見はわかる。お互い見ようと思えば「分かる」のだ。
ただ、注視しないと、見えていても把握はしていない。指が細いのは「見えている」が、意識的に見なければ「分からない」のだ。
お互いに全てを見せ、見ることはできるが、必要じゃなければ見ないということだろう。
ミミとファーファ同士であっても、全てを自動的に共有しているわけではないそうだ。
相手に接触すれば、ファーファたちは個々に持ったイメージや、感じている事、思っている事を自らのことのように「分かる」という。
そして、接触は物理的な事に限らない。
よくわからないが、思念波のようなものを空間を跳び越えてやり取りできるそうだ。地球人にとっては魔法のようだが、彼女たちは技術と進化の果てにこの技術か能力かを得た。
しかし、その意識や心を自ら閉ざす事もできる。
敵となったかつての仲間は、意識のやりとりを止めていた。相手の心も見えない代わりに、こちらの心もわからない状態。箱の中に隠れてしまったようなものなのだろう。
今回、仲間が居る事に気が付いたのは、恐らく今まで意識を閉ざしていたその仲間がなんらかの理由で意識を開き、ファーファたちがそれに気がついたということのようだ。
※※※
『がっこうがゆれたときに、はじめて、きがつきました』
正座したファーファの感情の見えない声。
「あの時、プールの方を見ていたのはそういうことだったのか……なんでその時言わなかったんだよ!」
『はんのうがかすかでした。いっしゅんでしたので、きえたとはんだんしました』
ミミも表情を変えず、淡々と答えた。
「き、消えるって……それって……」
志戸が声を詰まらせた。
それって、死んだってことでは……。
『わたしたちは、いしきがきえると』
『にどと、もどることは、ありません』
ミミとファーファが口を開く。
『じこや、みずからで、いしきをいじできなくなると、このせかいから、そんざいがなくなります』
ミミのグリーンの瞳が寂しそうに揺れた、ように見えた。
『しかし、さきほどのせんとうのとき、むこうから、せっしょくがありました』
ファーファのグリーンの瞳がきらりと揺れた…かのように思えた。
志戸が安堵の表情を浮かべる。
気のせいだろうか、感情が見えないミミとファーファが興奮しているようだ。心なしか嬉しそうでさえある。
『わたしたちのなかまがいます』
嬉しいのだろう。何度も繰り返す。
『いしきがよわっています。かすかですが、ここにいます』
ファーファの、前髪に少しかかったグリーンの瞳がジッと俺を見つめる。
あーもうッ! 助けるからッ! わかってるってッ!
一斉に問題が積み重なってきた。
どうする? どうしよう?
先輩を捜しだし、助けて、逃げ出さなければ。
先輩を捜すために単独行動している悦田も心配だ。
次の襲撃に備えて、布系の素材をタンク式トイレで相転移しないといけない。
そして、ミミとファーファの仲間がここに居る!!
ああ、くそ! ……なにを先にすればいい?
どれも優先順位が高いように思う。
志戸、どうする? と、見下ろす。
志戸は、ミミとファーファの頭を撫で、うんうんと頷いていた。
たぶんこれからのことは考えていないだろうな。ミミとファーファの興奮を受け止めてやっているに違いない。
俺が決めるしかない。俺は大きく3回、深呼吸をした。
よし。まずは――
その時、注意を惹く軽やかなチャイムが流れた。
廊下のスピーカーから流れてきているようだ。
『ご来社の方にお呼び出し申し上げます――』
滑らかな女性の声が流れてきた。
『ご来社中のオトナリさん、オトナリオトコさん。A館東、地下2階エントランスホールまでお越しください。繰り返します――』
驚き、顔を上げる志戸。
「せ、先輩ですよ!」
「だなっ!」
確かに! 偶然とはいえ、ラッキー!
非常口階段の階数表示を探す――A館東……地下2階! まさにココじゃないか!
「よし、志戸、体力は大丈夫か?」
「わたしはだいじょうぶです!」すっかり復活した様子の志戸が立ち上がった。
俺は…………頑張らねば。
足に乳酸が溜まって力が入らないが、ここでヘタレているわけにはいかない。
恐る恐る通路へのドアを開け、キョロキョロと見回しながら早足で通路を移動する。
廊下の表示や時折見かける館内地図を見ながらエレベーターホールへ向かう。
『ご来社中の――』
再び、先輩の呼び出しアナウンスが通路を流れた。
「偶然でもアナウンスに気が付いてよかったですねえ」と、後ろを付いてくる志戸がえへらと笑う。
「これがスズキイチローさんとか、サトーさんとかだったら、同姓同名の人と勘違いしちゃうかもでしたし――」
「ああああああああああ!!!!」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
俺が奇声を上げ、志戸も奇声で返事をする。
違う!
「志戸、これは罠だ!」
「ええええええええ!?」
志戸が目を丸くする。
「だって、音成乙呼って先輩の名前は珍しくて、人違いなんて――」
「それ、偽名だぞ!」
「あ!」
志戸も気がついたようだ。
そうだ、あの名前は本名を隠したい先輩が教えてくれた、俺たちしか知らないはずの――
「俺たちだけが知っている偽名だ」
「じゃあ、どうして!?」
曲がり角の陰に潜みながら一つ深呼吸し、頭を回転させる。
「わからん。ただ、先輩が目を覚まして偽名を名乗ったんだろうということと」
志戸が息を止める。
「相手が俺たちを罠にはめて誘い出そうとしていることは、わかる」
俺は改めて、ぐるりとこの無機質な廊下を見回した。
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