第23話 学園祭、その陰で。


 学園祭初日、午後。

 俺はクラス連中の目を盗んで逃げ出していた。休みなくこき使われていたこともあるが、大事な事を思い出したのだ。


 敵が来るのをすっかり忘れていた。


 ファーファが好奇心に負けてポーチの中でモゾモゾし始めたので、思い出したのだ。


 そうだよ、学園祭だろうがなんだろうが、敵はお構いなしだよ。学園祭だからって大目に見てくれないよなぁ。


 いつものトイレは予想通り来賓者用となっており、さすがに秘密基地にはできない……が、俺は音成先輩から良いトイレのお誘いをもらっていた。

 良いトイレのお誘い、というのもおかしな言い方だが、志戸に伝えると「よかったですねぇ」と理解していた。俺たち、秘密仲間では通じるのだ、良いトイレ。


 音成先輩は図書館が入る施設の1階、男子トイレに身を隠しているそうだ。

 2階3階が図書館だが1階は事務室になっていて、この学園祭の騒ぎからは離れている場所だった。



「先輩、ここのトイレ、どうですか?」

「おおおお落ち着かなっぃ……」

 あいも変わらず、トイレの個室。隣同士の壁越しコミュニケーションだ。

 おかげでメイド服姿のままだが、先輩には見られなくてすむ。


「あと1日ですから……」

 途中で買ってきた露店のチョコバナナをファーファに抱えさせて、お隣訪問をさせると、

「わわわわああああ、あありがとぅ……」

 嬉しそうな声が壁越しに聞こえてきた、



※※※


『てき、0たい。なかまのせいぞんすう、573たいです』


「ふふふ、ふたりとっも……おおおお、おっつかれさっま」

 先輩がねぎらいの言葉を掛けてくれる。


 あの真夜中の調査を一緒にして以来、先輩から話しかけてくれることが多くなった。

 相変わらず声を出すのは難しそうだが、こちらも慣れるものだ。殆ど気にならなくなっている。


 大阪弁を喋る須鷹。東北弁の聞き取れない方言を喋る老人。慣れないカタコトの日本語を話す外国の人。同じだ。

 先輩はこういう喋り方をする人なのだ。


「ごご573っですっか! み、みみ味方が、だだだいぶ、増えましたっね」

「先輩のあの時のアドバイスで、気が付いたんですよ」


 後ろにいるのは味方でしょ。


 そうだ。俺たちは、宇宙人を守る存在としか考えていなかった。守らなければと躍起になっていた。


 しかしあの日、宇宙人たちも一緒に抵抗してくれた。妖精のような姿になって敵を翻弄した。

 反抗することを――自分で身を守ろうとすることを学んでくれたのだ。彼らも味方なのだ。



 ――そう。散り散りに逃げている彼らを助けようと、襲われるたびにあちこちへ跳んだ。

 無抵抗だったために、数体の敵に100体、200体が犠牲になった。

 俺たちが少しでも駆けつけるのが遅れると全滅した。


 そこで思いついたのだ。


 散り散りに逃げている彼らを集めていく。

 そして、敵を翻弄するあの自衛方法を覚えさせる作戦だ。


 この考えを披露したとき、

「よよ、よ妖精作戦っててて感じでっすね」と、音成先輩が珍しく上ずった声で興奮していたものだ。


 そうして、救難信号を受けて駆けつける度に自衛の方法を伝え、合流させていった。

 数日のうちに600体近い味方を合流させたのだ。


 こうして敵が数体程度なら、襲撃に耐えてくれるようになった。

 宇宙での戦いの様相は、変わり始めていた。



※※※


「ああああ、ああの……」

 気になる事があるという音成先輩は、こんなことを言い出した。


 今朝、賑やかになる前にと、いつもより早く学校に入ったそうだ。

 そこで、夜の調査の時にいた黒地に小さなSSマークを付けた人間たちを見かけたとのこと。


「いつも居る青いSSマークじゃなくて?」

「そそそ、そうでっす」


 人に会わないようにと図書館の裏手を通っていると、近づく声が聞こえたために隠れて様子を伺っていたのだそうだ。

 先輩の得意な気配消し技能だ。


 すると、黒SSだけでなく、何人かの作業服姿の男たちがどこからともなく現れた。


 話し声がところどころ聞こえたらしいが、

「いいい、いいまさら…がが学園祭を中止にでできるわけないだろ、とかっ」

「え?」

「いいいい、いいくらなんででもきぅな話でで、なにをかんががえているのか、とかっ」

「……」

「ここここんな時にじじ事故が起きればばささすががに、とかっ」

 そこに、第1校舎の方からスーツ姿の人物が早足で到着すると、何人かと図書館裏の小さな物置の鉄扉を開けて、地下に下りていったらしい。


「地下ぁ?」

「ははは、ははい。えエレベーターに乗りました」

 扉を開けたらすぐエレベーターって……露骨に怪しいじゃないか。

「第1校舎といえば、職員室とか入っている所ですよね」

 何が起きているんだ……。


「じじじ、じ事故がおお起きる前っに……なな、ななんとかっしないとっ……」

「そ……そうですね」

 と、答えてふと。


「いや、なんで俺らがやらんといかんのですか」

 夜中に見た軍用燃料や機械音から、一瞬秘密を握っている気分になっていたが、冷静に考えて関わる必要はない。


「だだだ、だだって、事故起きると大変だし……」

 ここにも人のいいお節介焼きがいたわ。志戸といい、なんで首をわざわざ突っ込むんだろう。


「なにかマズイことが起きたら、避難放送とか出るでしょう? それまでは大丈夫ってことですよ。学校で怪しい事が起きているみたいですけど、俺らでできることなんてないですって!」

「そそそ、そそれならいいけっど……」

 不安そうな先輩。呟く声もかわいい。不謹慎だけど。




 図書館施設のトイレから出てきた俺は、まぁついでだから……という気分で裏手を通る事にした。

 壁の陰からキョロキョロ周囲を見回す。学園祭の喧騒をよそに全く人の気配がない。よかった。全高2メートルのメイド姿の男が、図書館の裏手でウロウロしてる姿を見られては要らぬ注意を引くからな。


 へぇ、こんなところに物置なんてあったのか。

 ポツンと建てられたコンクリート壁の物置だ。サイズは駅のホームエレベーター程度。ありきたりの鉄扉に、最新っぽいデジタルロックが付いていた。

 高さは3メートル程。上に行きようがないから、エレベーターがあったとしたら地下行きだろうな。


「!!」

 ちょうどその時、その鉄扉の奥からガコンという音が聞こえた。エレベーターが上がってきているのだろう。

 思わず声を上げそうになるのを抑えて、とっさにその物置もどきの裏手に隠れる。


「おい、ファーファ。ちょっと屋根の上からこっそり録画してきてくれ」

『しょうちしました』

 肩から提げたピンク色のポーチからファーファが顔を出す。

「見つからないようにしろよ。図書館の角を曲がった所まで撮ったら下りてこい」

『しょうちしました』


 物置もどきの屋根の上までは俺のジャンプ力では届かない。

 指に掴まらせて、ポーンと放り投げようとして……止めた。俺の運動神経だとファーファを壁にぶつけかねない。

「なにしてんのよ」

 ッッ!!!!



 腰を抜かした俺を金髪女が見下ろす。

「おま、おまッ!」

「大声出すと見つかるわよ。あんた、覗き見? 趣味悪いわね」

 涙目になっていた俺は、あわてて小声にする。

「おま、おま、お前! なんでこんなところにっ!」

「あんたがすずをほったらかして、こそこそ図書館の方に行くから、見ていたのよ」

「お前こそ覗き見してんじゃねーか!」 と小声で抗議する。

 先輩に会っていたから10分はトイレにいたぞ。

「10分以上居たぞ。お前ストーカーか!」

「それよ。なんでわざわざ図書館まで来て、トイレに10分も籠もるの? おかしいじゃない」

「そ、それは……その……」

 はっ!

「お前、今、話すり替えただろ」

「え? すり替えた? 何を?」

 キョトンとする金髪――じゃない……悦田。

「え? ストーカー? あんたが?」

 ダメだ。こいつ人の話を聞いちゃいねぇ。俺は頭を抱えた。と同時に、へたり込んだままな事に気がついた。

 見上げると悦田のスカートの中が見えたので急いで立ち上がる。


「それより、今度はなにしてんのよ」

 そうだ、マズいっ! ファーファが見つかっ――


「あ。その子がファーファ?」


 ついに見つかったかっ!

 ……って、え?


『おはつにおめにかかります』

 俺の指にぶらさがったままのファーファが、ぶらんと揺れる。状況が分かっていないんだろう、律儀に挨拶をする。

「はじめまして。よろしくね」

「なな、なんで名前知ってるんだ」

「すずから聞いてるからね。それより、何する気なのよ」

 へ? 聞いてるって??

 とっさに深呼吸した。俺、落ち着け。


 ま……まあ、いい。後で話を聞けばいいか。

 志戸からファーファの名前を聞いているということは、味方だ。


「ファーファをこの物置の上に放り上げたいんだ」 急いでいるので端的に伝える。

「あんた……女の子にムチャさせるわね」 ジト目の悦田。

「うっせ」

「ファーファ、大丈夫? いけるの?」

『じゅんびばんたん、です』

「あら」


 グワンとちょうど、鉄扉が開く音が聞こえた。

「よーし。じゃあ、こっち来て」

 悦田はファーファを手のひらに乗せると、

「あんた、四つんばいになりなさいな」

 はあ!?

「早くしないと間に合わないわよ」

 ファーファを手のひらに乗せたまま、さも当たり前のように言ってくる。

「はやくっ!」

 思わず、四つんばいになる俺。メイドスカートが汚れるので膝上まで捲りあげる。2歩ほど後ろに下がる悦田。


 トン、トンと弾むようにその場でステップを踏むと――

「グハッ!」

 俺の背中の上に足をかけてひょいと跳び上がった。

 難なく屋根まで手を伸ばすと、すかさずひょいとファーファを屋根の上に乗せる。


「俺を踏み台にしたっ!?」

 小声で激しく抗議する。

「こんなちっちゃな女の子にムチャさせるんじゃないわよ」

 小声でクールに返す悦田。

「お前こそムチャすんなよ、重いんだから――」

「なんですってぇーっ!?」

「お前、非常識なんだよっ!!」

「ちゃんと靴脱いで上がったわよっ!!」

 いやだ、この女。非常識のポイントがズレてるよ……。

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