第22話 金色ヴィヴァーチェ
「ちょっと話があるんだけど」
どこか目立たない場所でと言われた俺は、皆に許可をもらって目隠しカーテンの奥――即席バックヤードにその剣呑美人を招き入れた。
第一印象は最悪だ。当人なのに逃げたわけだし。
「お前ら、仕事しろ!」
カーテン越しに覗いていた連中をけん制すると、みんな一斉に首を引っ込めた。
「あんたがミハラアヤトね?」
大体175センチ位の背丈だろうか、目の前に女性の顔が来ることが殆ど無いのでかなり緊張している。
ナチュラルメイクなのに華やかな雰囲気の顔つきだが、完全な欧米系というより日本人に近い感じだ。
おずおずと肯定する。
金髪美人はまじまじと上から下まで検分するように何往復か眺めると……盛大にため息をついた。普段はこんな格好してないからな。
そして、ビシッとこちらを指差すと、
「私の鈴実を返してもらいましょうかッ!」
――と、キッパリ言い放った。
はぁ?
※※※
学園祭の教室喫茶店のバックヤードで、全高2メートルのメイド姿の男にビシリと指差す金髪碧眼の美人高校生。
全く状況が見えない。当の俺自身、全くわかっていない。
「聞こえなかった? 私の鈴実を返すのよ!」
混乱した俺は、
――日本語普通に上手いなあ……と、言葉の意味よりも変なところに感心していた。
「返すも何も……って、あなた誰っ!?」
ようやく我に返った俺。
「そう、白を切る気ね……」
会話が成り立っていない。セリフ後半の質問が聞こえていないのか。
「アッちん! 来てくれたの!?」
目隠しカーテンから顔を覗かせた志戸が珍しく大きな声で呼びかけた。
戻ってきたか!
どさくさ紛れに一緒に覗いているクラスの連中が、目を丸くして志戸と金髪美人を交互に見ている。
「すずーっ!?」
驚いて振り向いた金髪女子高生がサッと志戸に駆け寄って、両手を握る。
「すずーーーーっ!! おひさだよーーーーっ!!」
両手を握ったまま、二人は円を描いてピョンピョン跳ねている。金髪女子高生は志戸の身長に合わせるように中腰で跳ねている。大人と子供が輪になってくるくる回っているようだ。
志戸が振り回されているように見えるけど、大丈夫か?
「え。なに!? すず、どうしたのそのかっこ! すっごく似合ってる!!」
そのまま志戸を抱き寄せると、むぎゅーっとハグした。
胸で窒息しそうになっているけど、大丈夫か?
※※※
「アッちんは、わたしの幼馴染なんですよー」
えへらーっと志戸が紹介してくれた。
俺たち3人は屋上に出る階段の途中に座りこんで事情を聞いていた。騒がしい廊下からはそこそこ上った位置で、喧騒を見下ろす形だ。
真ん中に志戸。その両側を俺と金髪美人が挟んで座っている。3人それぞれの目線にあわせるように座る段差を変えていた。俺が一番下なのは言わずもがなだ。
「小学校からのお友達なんですけど、高校は別になっちゃって。でも1週間に1度は帰り道に待ち合わせして一緒に帰ってるんですよ!」
「だねー!」
「だよねー!」
なんだ、この小学生的なかよし感は。志戸はいかにもそのままだけど、見たことが無い無邪気なはしゃぎ方なので驚いている。
「だけど、最近すずが一緒に帰ってくれなくなったんだよね」
金髪美人が俺を睨みつける。何? 俺、関係ないだろ。
あ。
「すず、最近、そいつといつも一緒に帰ってるから」
そいつ扱いかよ。志戸も、えへらーとするな。金髪美人、志戸の背後から俺を睨むな。
そういう事か。それで、鈴実を返せ――なんだな。
「久しぶりに会えたけど、すず、楽しそうだね」
少し寂しそうな金髪美人。
「だよぉ」
志戸がすっかり無邪気に笑っている。教室での生真面目な表情とは全然違っている。よほど気を許した親友なのだろう。
「悩み事は解決したんだ?」
金髪美人が志戸の顔を心配そうに覗きこむ。
志戸はえへらーとした笑顔を向けた。
「うん、なんとか助けてもらってるんだよ」
「そっか! すず、ずっと悩んでたけど私なんにも手伝えなくって……でもよかったよ!!」
金髪美人がにこっと笑う。う……ま、まぁ、き、綺麗で可愛いとは思うけど……。
「で、そいつが?」と、俺の方を見る……というか、睨む。何だこの格差は。
「アッちんに相談しようとしたんだけど、よくわかんないって言うから……ムリ言ってごめんね」
志戸が心底申し訳ない感一杯の顔をする。
「こっちこそ、役に立たなくてゴメンね」
すると、金髪美人が志戸の耳元で囁いた。
「だけど……あいつ、すずのこと知ってるの?」
「うーん……どうなんだろ……」
おい、金髪美人。思ってるより、こっちは聞こえてるぞ。
「でも大丈夫! そういう人じゃないよ、アヤトくんは」
「すずは無防備すぎるのよ。何度も護身術のこと教えてるでしょ。危険そうなことからはそもそも近づかないようにって」
「危険じゃないと思うんだけど……」
危険とか危険じゃないって、俺のことを言ってるのか、お前たち。
金髪美人が再び値踏みをする様に鋭い目をして俺を上から下まで見る。何度も何度も言いたいが、このメイド姿は好んで着てないからな。
「わかった。すずのことは信じてるけど」
けど?
「ありがとー!」
志戸は喜んでいるな。……確かにこの金髪美人の心配はわかるような気がする。
金髪美人は立ち上がり、重そうな胸の下で腕を組んだ。
下じゃないと腕組めないんだろうなぁと思わず目で追ってしまった。そんな俺を見下ろしながら、
「すずのこと、私の代わりに助けてくれてるんですって? 感謝するわ」 と、感謝しているのか、脅しているのか、自己主張してるかわからないように言った。
見上げるとスカートの中が見えたので、慌てて俺も立ち上がると、
「志戸の幼馴染なんだってな。いまさらだけど、見原礼人だ。ミハラでもアヤトでも好きに呼んでくれ。きんぱ――」
「じゃあ、見原ね。
悦田、で確定じゃないか。
なんか、志戸とは違う意味で、さん付けする気が起きない。
「すずに何かしたら、承知しないからね」
「するかよ! 大体なんだよ、何かって!!」
何か、の意味が分からないが全否定する。こいつのことだ、ロクでもない事を言っているに違いない。
そっぽを向く悦田。なんだろう、志戸を心配している親友のようだけど、すごく腹が立つ。
一触即発な巨大メイド男と巨乳金髪女の間に挟まれた志戸は、ひたすらオタオタしていた。
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