第6章 学園祭1日目
第21話 その非日常は学園祭から始まる。
「
授業が終わった途端、前に座っている
「高校の学園祭ってどんなんやろなー。うちのクラス何すんねんやろな! 俺ら、共学でよかったなぁ? この学校、めっちゃかわええ女の子多いしや、たまらんやろなー」
デカイ声でツラツラとそういうことを言うな。
健康的に日焼けした野球部員が白い歯を見せる。こいつは何をやっても爽やかさに変換するんだろう。正直ズルイと思うぞ。
これでテストも好成績だったというのだから、無敵超人か。相変わらずの大阪ノリがイケメン軸をぶらせているが。
「まあ、俺は何でもいいけどな。頼まれた手伝いをやるくらいで」
「なんやなんや! ツマランやっちゃな! 普段と違う女子が見れるんやぞっ!」
だからデカイ声を出すなと。
「うちのガッコの学園祭、この町でも人気やからな。公立の方のかわいい子もめっちゃ来るらしいでっ!」
あ。そうなんだ。
「安心せえや。見原もええカッコしてたら、モテるて! せやから野球部でやるパフォーマンスに来いっ!」
野球部のパフォーマンスって……こいつ俺が運動できないの知ってて言ってるんだよな。気にしていないのか、馬鹿なのか。嫌味……ではないんだろうけど。
※※※
なんとかクリアできた中間テストだったが、終わるとすぐさま学園祭の話題で周囲は持ちきりとなった。
俺は帰宅部なので、部活動絡みの出し物はない。クラスの手伝いだけで済むのがまだマシというところだ。
結局、我がクラスはド定番の喫茶店に決まった。ヒネリもなにもないが適当に手伝いをしてあとはボーっとするつもりだから、文句を言う気もない。
看板を持ち上げ、カーテンを吊るし、不要のダンボールをもらいに回る。図体のでかさを存分にこき使われ準備に追われるうちに、あっという間に学園祭。気がつけば2日間のうちの初日、すなわち今日である。
で。
なぜ俺がメイドさんの格好をしなければいけないのか。
「そんなの、似合ってるからにきまってるじゃないっ!」
嬉々として俺に合わせたメイド服の丈を調整しながら、隣の席の女子がキッパリ言い切った。
多数の女子に囲まれるという、須鷹あたりなら大喜びしそうな状況だが、俺は嬉しくもなんともない顔で突っ立っている。
「ほら、もうこれだけで面白いっ!」
「今、面白い、つったろ」
「いや、似合う似合う! あはははは!!」
ツボにはまったらしいそいつは、大笑いしながらドロップアウトした。
次は化粧班が俺を取り囲む。
「ほら。届かないからイスに座って! 手伝うって言ってたんだから、ちゃんと手伝いなよー!」
「看板立てたり、荷物持ちもしただろうが」
「いや、こんな素晴らしい人材は学園祭でお披露目しないと! ……と、と、と――」
――と、震えた手元を抑えながら我慢できずにドロップアウトしていった。向こうで机に手をついて身体全体を震わせている。
「そもそも俺、調理班だろうが、なんでこの格好なんだよ」
すると女子が一斉に
「似合うから!」
爆笑の声が返ってきた。
……ちくしょう。
事は、俺が弁当を作っていることを知った須鷹が調理班に推薦……というか巻き込みやがったところで調子が狂いはじめた。
準備の手伝い程度で逃げる算段をしていたのが、ガッツリ2日間、付き合わされるハメになったのだ。
そして、調理するのに汚れないようエプロンを作ってきてやると採寸され、出てきたエプロンが巨大なメイド服だったという。
「これ、忘れてる!」
とどめとばかりに、片方が折れたうさ耳カチューシャを頭に載せられた。185センチの図体にうさ耳を付けられ、全高2メートル越えのメイドさんの出来上がりだ。うさ耳セレクトしたヤツ出て来い。
その時、喫茶店となった教室の奥、カーテンの向こう側から黄色い大歓声が上がった。
「キャワーーーーッッッ!!!!」
「なにこれーー!? かわいすぎるーーっ!!」
「ほらーー!! アタシの目に狂いはなかったっ!!」
「あんたスゴイよ! これは想像以上だよっ!!!」
目隠しカーテンの陰から引っ張り出されてきたのは、
たぬき耳のカチューシャを付けられたメイドドレス姿に、顔を真っ赤にしてお盆を両手で抱えて立っていた。
ちんまりと。
志戸って……やっぱり
※※※
俺の学校、私立偲辺学園高校――略して
これは、学生の家族も来校できるよう、そして来年の受験予定者や地域の人たちも楽しんでもらって皆に偲学を身近に感じてもらいたいとする方針からだった。
学校中がドンチャン騒ぎになっていた。
屋外露店組が声を張り上げ、グラウンドの方では何度も大歓声が起き、あちこちからギターやらドラムやらトランペットやらが鳴り響き、時折巨大スピーカーがボンっという破裂音を鳴らす。校舎裏でエンジン音が聞こえてくるのは、自動二輪愛好会のパフォーマンスだろう。
「貴重品入れだよ」
――と、チェーンで斜め掛けするピンク色のポーチが、メイドさんチームに配られた。もちろん俺もだ。
志戸は妙に似合っているが、俺は……もうこの際何でもいいや。まあこれ幸いと、俺たちはミミとファーファをその中に潜ませる事にした。
※※※
俺が猫背になってフライパン片手にガシガシとミートスパゲティを炒めていると、横を小走りの志戸がトテトテと通っていった。注文取りを頑張っているようだ。
志戸といえば、最初の内は注文間違えや人の波に飲まれて廊下まで押し流され、そのまま校庭まで出て行くなど、一通りのドジを晒していたが、今は順調にこなしているようだ。
とにかくヤツは一度はドジを踏まないとダメなのだろう。
クラスの喫茶店は予想外の大盛況になっていて席が空くことが無い。他のクラスの連中も覗きにきているようだ。
気ままにボーっとするつもりが全くできない。しかもちょこちょこ廊下に呼び出されては、志戸と一緒にチラシ配りまでさせられている。
廊下は学園生徒の家族や近隣の中高生、本校生徒でごった返していた。
怪しげなコスプレをしている奴らがちょこちょこ通り過ぎるわ、大騒ぎしながら走って行くわでもう何が何やら訳のわからない状況だ。
「ほら、もっと近づいて、しっかり愛想よくっ!」
クラスの女子が、来場者のスマホを片手に大声で指示してくる。
志戸と俺と並んで写りたいというお客様のご要望にお応えするように、とのことだ。
志戸と一緒に強ばった笑顔でポーズをつける。
「写りはこんな感じでいーですかー!? はーい、あーりがとーございまーすっ! オムライスでしたねー! どうぞこちらへーっ!!」
商魂たくましい。須鷹よ、これがお前の言う普段見られない女子の姿だ。
客寄せパンダとしてやけっぱちでポーズを取っていたら、妹のそらが数人の女の子と近づいてきた。同じ制服姿だし友達同士だろう。パンフレット片手にきょろきょろしてから俺のクラスを指差している。
身長が高い数少ない利点だ。雑踏でも見渡しやすい。
「ちょっと! どこ行くの! 撮影中だぞー!」
背中を向けて逃げようとした俺を、クラスメート女子が無情に引き止める。
その声に気づいたそらがこちらを一瞥したかと思うと……その顔が引きつった。
そらー、ここでしょー? という友達の声を無視してそのままスタスタ通り過ぎる我が妹。
すまん。イロイロあるんだ……イロイロと。
帰ったらちゃんとご飯作ってくれてるといいなあ。
※※※
あまりの盛況ぶりに材料が足らなくなってきたため、志戸を含めた一部のスタッフが買出しに行ってしまった。致命的人手不足である。
「ほらっ! あそこ、ご注文まだだぞ。いらっしゃいませ、お嬢様! を忘れないようにっ!!」
学園祭実行委員会発行の金券代わりのチケット束を嬉しそうに数えていた女子が俺を突っつく。そして、奥まった座席に一人座っているお客様をこっそり指差した。
須鷹よ、何度も言うが、これがお前の言う普段の女子の姿だぞ。
なんで誰も行かないんだよ、とブツブツ言いながら注文を取りに向かう。俺も近づきたくないんだけど。
深呼吸をしてから、
「いらっしゃいませ、おじょーさま」
できる限り穏便に声を出した。
お客様はジロリとこちらをねめつけると、ムスッとした唇を開いた。
「ミハラアヤトって知ってる?」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「このクラスにいるはずなんだけど」
きっと呆けたような顔をしていたんだろう。畳み掛けられて、俺はとっさに知りませんと答えようとした。
なぜなら、こんな……こんな――明るい金髪の美女が、剣呑な雰囲気で、流暢な日本語を使って、俺の名前を発したこと、に理解が追いつかなかったからだ。
何から何までわけが分からない。
「あ、あのぅ、お、お、お知り合いなんでしょうか?」
「捜してるの」
思わず逃げ出したくなった。
「しょ、少々おまちください」
結局逃げ出したが、なにかのドッキリか?
目隠しカーテンの陰に隠れて深呼吸をする。
全く身に覚えが無い。
声はかなり若い感じだった。ひょっとしたら同世代なのかもしれない。それにしては、その……肉感的で刺激的なスタイルをしている。
185センチの図体を隠してカーテンの隙間から見てみると、あの制服は偲辺市内のもう一つの高校、公立の偲辺高校――通称、
ひょっとしたらも何も、全くの同世代じゃないか。制服を着ているように見えなかったぞ。大きく盛り上がった胸がテントのように張っていて何か別の服のようだ。
キラキラした明るい菜の花色のロングヘアが背中あたりまで流れ、白い肌に切れ長な紺碧の瞳が映える。全体的にムチっとしているのにスラリとした雰囲気なのは長い手足のせいか。
そしてそんな美人が脚を組んで腕組みしたり、机に頬杖を突いたりしながら周囲を威嚇する姿って、近づけない怖さがあるんだな。初めて知った。
思わず一旦逃げ出したが、どうしたものか……そうだ、こういう時は深呼吸。大きく3回ほど深呼吸して――
「見原ー、ごっついキレイな外人さん、呼んでんでー」
須鷹がこっちに向かって手を振っていた。
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