第24話 学園祭、その後で。


「それじゃ、あんた、ずっとトイレで戦ってんの?」

「悪かったな」

「あぶなっかしいことしてんのね」

「うっせ」

 学園祭初日がなんとか終わり、俺たちは例によって作戦会議室の共同倉庫兼、天文部部室にいた。志戸、悦田と俺の3人だ。


 俺の真正面にはジト目の悦田。志戸はお誕生日席にこじんまりと座っている。

 それぞれの前には、志戸が淹れてくれた紅茶のカップが置かれていて、ミミとファーファは机の上で正座をして露店土産のチョコバナナを食べていた。


「それにしても」

 悦田が窓の外を眺める。

「音成先輩が居ないのが寂しいわね」

 確かにな。


 実は、ファーファが戻ってきた後、図書館の男子トイレに向かったのだ。俺が思わず音成先輩の事を漏らしてしまったせいで。

 志戸が宇宙人のことを既に話していることで気が抜けてしまったんだろう、グイグイ来られて思わず喋ってしまった。


 悦田は男子トイレの入り口から先輩に「チャオ~!」と話しかけて、目一杯先輩を動揺させつつも、最後には先輩も「ががが、がが頑張っって、みみんなでおやつ食べたいでっす」と嬉しそうに会話するというスーパーコミュニケーションを見せていた。こいつ、なんで俺には冷たいんだ。


「学園祭の時くらいその音成先輩に任せるってことできないの?」

 志戸が、おぉ! と気が付いたように俺を見る。

「一度お願いしたんだけど、宇宙人たちにとっさに指示が出せないから、ごめんなさいって」

 志戸が、ガクリとうな垂れた。

「た、たしかにそうね。その人、うまく声を出せないんだったわね」

 そう、先輩は言葉が滑らかに出ない人なのだ。

「ということは、やっぱりあんたがずっと戦うわけね」

 悦田は視線を窓の方に向けて、そう呟いた。



「お茶、片付けてきますね」

 志戸が立ち上がる。

 と同時にミミとファーファが揃って動きを止め、窓の外を見た。



 その時。

 突然、校舎が揺れた。



※※※


 短くズンとした揺れは2度ほど起きた。とっさに棚の上のガラクタに目をやる。地球儀がひっくり返った程度で物が落ちては来ない。さほど大きくは無いようだ。

 校庭からまだ居残っている生徒たちの不安そうな声が聞こえる。


「なんなの、これ?」

「地震か?」

『じしんそくほうのメールはきていません』

『スズミ、だいじょうぶですか』

「せ、先輩大丈夫かな……」

 とっさに皆、机に手をついて大きな揺れに備えたが、そのまま収まった。


「この揺れ方、なんだか変ね……」

『せんぱいからメールです』

 ファーファが音成先輩からのメールの着信を告げた。と、同時に志戸のスマホにも同報着信が入る。


『みなさん、大丈夫ですか?』

 ファーファが例によって感情無く淡々と読み上げ始めた。

「よかった。先輩、大丈夫そう……」 ホッとしたような志戸。


『今のゆれは、自然地震ではないと思います、自信があります、地震だけに』


「……」

「先輩、すごい! おもしろいですねぇ!!」

「なんだか……余裕っぽいんだけど?」

 俺もそう思う。


『なまずが怒っている様子ではないですよね、なまずが怒って地面を揺らすなんてまことに滑稽ですがかわいらしくもあり、姿を見たことはありませんが、きっと――』「ストップ! ストップ! ファーファ、ストップ!!」

 つらつらと一本調子で読みあげをしているファーファを急いで止めさせた。

 あの人、なんでこんな時までこんな調子のメルヘンなメールを書けるんだろう。


 ファーファに、間引いて読めという器用な事は期待できない。志戸が自分のスマホで同報メールを見ているのでそちらを覗くことにした。悦田もミミ、ファーファもつられて覗き込んでくる。


「なるほど……」

「なに、なに? 説明してよ」

 覗き込んでいた悦田が顔を向ける。顔近いって。


「先輩によると、自然現象の地震はまず初期震動が来てから、大きな本震がくるらしい。今回はいきなり突き上げるような揺れが来た。そして、そのまますぐに収まった。直下型なのかとか、地震の規模にもよるけど――」

「普通じゃないってことね」

 悦田が続きを被せる。


 夜中のトイレ調査事件を先ほど聞いた悦田が、指を唇に当てて思案顔をした。

「これって……」

「「「原因は、この学校……?」」」


 一斉に全員が窓に取り付いた。すっかり薄暗くなった外を見回す。

「あれ! どうしたんでしょう!?」

 目ざとい志戸が少し離れたプールを指差す。

 

 そこにはあるはずの水が無かった。

 その代わりに底に大きな裂けた穴ができていた。


 そこから水が一気に流れ落ちたのだろうか。

 ――流れ落ちる? 50メートルプールの水が?

 ということは、下に空洞がある……のか?

 夕暮れの中、この距離からでは裂け目の中まで見えないのが歯がゆい。


 眼下には学園祭の初日が終わり、翌日の準備の流れでウダウダと居残っている者たちもいたが、プールの周囲には殆ど人影は無かった。

 先ほどの揺れにとまどって立ち止まっている者も居たが、プールの異変には気が付いていない様子だ。



 いきなり、爆発音が響いた。

 プールの逆側――図書館の方向だ。


「図書館から煙が出ているぞっ!」

 校庭の誰かが叫んでいる。ちらほらいた学生達が一斉に図書館の方へ走っていく。

「みんな、野次馬だな」


「図書館……って! 先輩! 先輩が!」

 志戸が気がつき、叫ぶ。と、同時に悦田が部室から疾風のように飛び出した。

 

「志戸、俺たちも行くぞっ!」

 悦田を追うように、俺たちも慌てて図書館に向かった。

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