【 第2部 】
アバンタイトル
わたしが走ってきた通路は、たしかクリーム色だった。
柔らかな雰囲気だったのに、だけど今は赤く薄暗い光に満たされていて。
一生懸命走っているのにノロノロとしか感じられなくて。
まるでドロっとした息苦しい何かが邪魔しているかのよう。
非常警報なのかな。耳障りな音が鳴り響いていて、気持ちが悪くなる。
「ここ……だよね?」
うん。たぶん、ここだ!
わたしは、目の前に現れた奇妙な材質のドアに体当たりをした。
分厚く重たい金属の塊のようなドアだけど、表面は何かのプラスチックに覆われていて、それほど痛くない。その代わり、少しも動く様子がない。
確か、相当な爆発が起きても大丈夫なドアだと聞いた。
わたし程度の力では、こじ開けるのなんてムリ。だから、体当たりの音で不審に思った中の人が開けてくれれば!
でも、この警報の中だ。聞こえていないかな。気配さえ届いていないかも。こんな時、アヤトくんが居てくれたら……そう、これくらいのドア、押し開けてくれるのに!
「もうッ!! 開いてよッッ!!」
ただひたすら体当たり。それ以外の方法が思いつかない。アヤトくんがいれば、何か思いついてくれるのに!
「あ」
そうだ、こういう時は逆に落ち着かないと。アヤトくんの言う深呼吸だ。深呼吸……。
ふと、ドア横の壁に埋め込まれたタッチパネルに気が付いた。そばに「緊急」と、幾つかの国の言葉で書かれたプレートが光っている。
迷う時間は無い。連打する。グッと押し込んでも反応が無くて、また連打した。握りこぶしを目一杯叩きつけるとプレートが割れて、中にレバーが見えた。引っ張る。
ガクンという感覚。ロックが外れたかも! やった!!
中の大人たちに邪魔されるかもしれない。勢いよくぶつかるつもりで一気に部屋の中に飛び込む。
この部屋も薄暗い赤の光に満たされていて、嫌な警報が鳴り響いていた。
何かを蹴った。
足元の床に倒れている人がいた。
「ヒッ……」
こちらを向いて突っ伏していた。何人かの人が倒れている。まるで、ドアの方に逃げようとしてうつぶせに倒れたかのよう。
なにか変な事が起きている。邪魔はされなくて良かったけど、おかしい。
ずらりと並んだモニタ画面は全て黒く、消えている。
飛び込んだ部屋の奥は、分厚そうなガラスが一面にはまっている。その向こうは広めの部屋だ。透明で小さなカプセルが並んでいて、テレビで見たことがある生まれたばかりの赤ちゃんがいる部屋みたいだ。
その真ん中に、幅、高さそれぞれ3メートル位の筒が見えた……いや、水槽? 中は赤黒い液体で満たされている。部屋の明かりのせいでどす黒く見えるのかも。
きっとあれだ。
飛び込んだ部屋を見回すと、そのガラス張りの部屋へ続くスライドドアを見つけた。走り寄ると足元にペダルがあった。踏んでみると、難なく開いた。
水槽に駆け寄る。
「いた!」
涙が出てきた。いや、泣いていられない。
水槽の壁を叩く。右手で、左手で、両手で叩く。
見上げると水槽の上から無数のチューブとケーブルが延びていた。
水槽の横にはハシゴのようなものが付けられている。メンテナンス用かな。ラッキー! 何度か踏み外しそうになったけど、水槽の上まで上がってこれた。
足元のドロリとした液体に、チューブやケーブル束が挿し込まれている。
「今、助けるからね!」
わたしは、とにかくチューブを引いてみようと手をかけた。
「FREEZE!」「別動!」「そこのアジア人! 動くな!!」
背後から3人の怒鳴り声が一斉に聞こえた。
まずい! 見つかった!
「慢慢轉身!」
「……」
「日本人か? ゆっくりこちらを向け!」
薄暗い赤色の照明が息苦しい。非常警報がうるさい。
恐る恐る振り向いた。
小型ライフルを構えた何人かの警備員達が、わたしの方に銃口を向けていた。
「ん?」
そのうちの何人かが、目を見開いた。
「ッ!」
その時、わたしは足を滑らせ、水槽の中に落ちた。
しぶきが上がらない。これ、水じゃない!
トプンと中に引きずり込まれる感覚がした。慌ててもがく!
あっという間に頭まで沈みこんでしまった! 身長の倍以上の深さだ。ツルツルと滑る壁には触れるけど、手も足も何も引っかからない! 足が底につかない! 目をギュッと閉じた真っ暗な視界の中、パニックになる。
たすけてっ!
たすけてッッッッ!!!!
その時、手に触れるものがあった。
!!
偶然、手に触れることができた。そうだ、助けないと!!
驚いた事に、わたしはこんな状況なのに突然、冷静になった。底に足がついたら、蹴りあがろう。
ギュッと目をつぶったまぶたの向こうが、明るくなったような気がした。周りが急に温かくなってきた。その時――
「ッ……」
その時、わたしはお腹に衝撃を受けた。次に右脚に激痛が走った。
思わず目を開くと、あちこちが砕けた水槽から、大量の液体が外へと噴き出していた。その向こうにライフルを撃つ警備員が見える。非常警報が鳴り響いている。
水槽の中から噴き出す液体は、虹色に明るく輝いていた。部屋の薄暗い赤の光を打ち消すほど、液体自体が輝いていた。
わたしの左肩がはじけた。
「かまわん! 水槽ごと撃て! たとえ――」 え、なに? 「――でも、この状況では仕方ない! アレはバケモンだ! 逃がす位なら撃て!! 撃て撃て撃てッ!」
握っていた左手に力が入らなくなった。左脚に衝撃が来た。不思議と痛くない。よかった。
「大丈夫だよ! 離さないからね!」
わたしは右手を伸ばして、動かなくなった左手ごと身体に引き寄せた。大事な大切な――。
「なんだ!? 水槽の水が!!」
部屋の中が、眩しい虹色の光で荒れ狂っていた。
「RETREAT! RUN! RUN!!」「後ろを見るなァッッ!!」
「離さない! もう二度と離れないッ!」
「水! 水!! 光がァッッ!!」「救命啊! 救命啊!」「ギャアアアアアッッッッ!!!!」
非常警報が聞こえなくなって、代わりに轟轟という雑音が耳を圧してくる。耳をふさぎたいけど、もう両腕が動かない。
「もう離れ離れはイヤッ! 絶対に絶対に絶対にッッ!」
突然、音が聞こえなくなった。あれほど眩しかった光の奔流が、マヒしたかのように突然真っ暗になった。
絶対に!
絶対に絶対に絶対に!!
守る守る守る守る守る!!!!
絶対に――
「わたしがまもるんだァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!」
宇宙戦争は、俺の
第2部 『もうひとつの戦い』
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