第19話 礼とは
『ミミからのつうしんが、とどきました』
トイレのドアに付いた正面モニタは、20体の敵に反抗している300の虹の光が映し出されている。その隅に小画面のワイプ映像が表示された。ミミが捉えた視界と音声をファーファが中継してくれているのだ。
志戸は天文部部室こと共有倉庫になっている教室に無事たどり着いたようだ。
慌てて部室の照明を付け、棚に取り付いたかと思うと、ミミをそこに隠す。画面はそこから見ているミミの固定視点になった。
続けて志戸は入ってきた引き戸にパタパタと戻った。
志戸、こちらが終わるまで時間を稼いでくれ。身動きできない今、見つかったら大騒ぎになるんだ。
まもなく守衛がやってきたようだ。ドア以外の窓は机や荷物が積み上げられているので、引き戸のすりガラス越しでしか確認できない。逆に外側からも中が見えない。
「おい。まだ居残っているのか――」
居丈高な男の声。と同時に、扉を開こうとする――が、ガタガタして開かない。
普段からすぐに開かない部室の引き戸。これこそ誰にも見られない作戦会議の場所として、志戸が連れてきてくれた理由だ。一種の警報代わりである。
めったに使われない教室なので、誰も修理の依頼をしていないところもミソなのだ。
「おいっ! なんだ、これ! そこに居るのか? 開けろ!!」
イライラして怒鳴る守衛。こんな偉そうな守衛、覚えがないぞ。
怯えて窓際まで下がった志戸だったが、震える小さな声で話しかける。
「あ、あ、あの……扉が開かなくて、こ、こ、困ってたんです。助けてください」
「あぁ!? なんだって?」
声を張れ。頑張れ、志戸。
「えと、えと、扉が開かなくなって、出られないんです。た、た、たすけてください……」
「なんだと? ったく、ちょっと待ってろ」
イラついていた守衛は毒気を抜かれたような声を出すと、引き戸の調子を見始めた。
なるほど。困っている、助けて欲しいと言われれば、普通なら態度が軟化するからな。志戸だからこそできる作戦だ。もし俺がやったら逆効果だったかもしれない。
しばらくガタガタやっていた守衛だが、再びイライラし始めたようで、動きが荒っぽくなってきた。
「あの……あの、お手伝いします……」
志戸が震えながら引き戸に近づいていく。
「そうだな。内側に何か挟まっているのかもしれない」
志戸は引き戸のレール辺りを少しいじると、
「と、とびらが少し歪んでるからかも……ゆ、ゆっくり動かしたらいいかもしれません」とオドオドしながら言った。
「あん? お前、これだけやって動かないんだから一気にやった方が……お?」
引き戸が少し開いた。が、そこで止まる。
「お、少し動いたな」
「……よ、よかった、です」
少し開いた引き戸の隙間から守衛が顔を見せた。不躾な目線でジロジロと志戸を見る。
「ひっ……」
怯えたように戸から離れる志戸。ミミが胸ポケットにいなくて良かったな。見つからないよう中に隠れたら危うくSound Onlyになるところだった。
しばらくするとまたイラついた守衛が荒っぽくなり始めた。ドアを壊すかの勢いだ。
「あ、ひょっとしてここ……」
志戸がまた、レールの辺りをいじる。
「もうちょっとなんだがな。もう壊してやろうか……お、また少し開くようになった」
「……も、もう少しか……も」
再び、守衛のイライラが収まり、様子を見ながら引き戸を動かし始めた。
守衛はすっかり当初の目的を忘れているようだ。
※※※
志戸と守衛のしのぎ合いからメイン画像の方に注意を戻すと、宇宙空間から数体の敵が居なくなっていた。逃げたようだ。
思わぬ反撃を受けて触手攻撃も殆ど当たらないとなると、留まっていても意味がないと判断したのだろう。
今回のことでしっかり分かった。敵もやはり知性があるということだ。ダメージを受けることがないのに、目的が達せられないと分かれば撤収した。無意味な殺戮本能や単純なプログラムで動いている訳ではないということだ。
今この瞬間も敵の1体の緑の光が紫色に変わり、滲むように消えてしまった。あと5体。この調子だともう少しかかりそうだ。
志戸が頑張っている間になんとかせねば。
「ファーファ! お前は剣道モードに変更だ。動きが鈍くなった敵を1体ずつでもいい、少しずつ倒していけ!!」
『しょうふくしかねます。みちから、はずれます』
な!?
『れいからはじまり、れいにおわります。ふいうちなどは、けんどうではしてはならないことです』
しまった……そう来たか……。
俺は冷静になるためにも、深呼吸を始めた。
思い出したくない嫌な記憶。上手く言えないが、ファーファに伝わるかどうか――。
「ファーファ、剣道は確かに
ファーファの操る人形はぎこちない味方の動きをフォローするため、残った敵の注意を向けるよう飛び回っている。
「じゃあ尋ねるぞ。仲間がこうやって自らを守るために命を賭けているところで、お前はどうする」
ファーファは、俺の顔を見上げた。ウェーブのかかった前髪越しにグリーンの瞳が俺を見つめる。
『たすけます』
「それじゃあ、相手がお前や仲間を大切に思っていない――自分の事を優先してお前や仲間に嫌な思いをさせるならどうする。」
『れいぎをつたえます』
残っている敵は五角形を模したまま、腕のような部分から生えた触手を振り回している。仲間の1体がそれに弾き飛ばされた。
「相手は精神遮断をしているんだよな? どうやる? 私はあなたのことを大切にしたいのだと、お前はどうやって伝える?」
『れいをします。れいぎはたいせつです。りかいしてもらうまで、れいをします』
モニタの中では、何体かの仲間が力尽きたかのように触手に絡め取られ始めた。限界か――。
「お前が礼を尽くしている間に、仲間は次々と死んでいくぞ」
ファーファの瞳の色が一瞬揺らいだように見えた。
「仲間が全て死んで、お前も死ねば礼は通じるのか?」
『こたえがわかりません』
「じゃあ、お前は仲間を犠牲にしながら礼を尽くすことが大事なのか。それとも仲間を守ることが大事なのか」
『……なかまです』
敵の触手に絡みつかれた仲間の周りに、次々と他の仲間が取り付いていく。
まとわりつかれ、飽和状態になった触手の動きが鈍くなった。
「ファーファ。礼は大事だ」
俺は、ファーファを手に乗せ、人形のような顔を目の高さに近づける。
「礼ってな、そいつが持っている心を相手に伝える方法なんだよ。お前のことを大切に思っているぞと、相手に見える形で伝えるコミュニケーションのことだ」
ファーファの表情の見えない顔が、強張っているように見える。
「礼にこだわっていても、そこに心が無ければ、意味は無い。そして、いいか? 礼っていうのは、お互いが大切に思っているからこそ、成り立つ」
俺は、ファーファを肩の上に乗せた。
「だから、いくらこちらが礼を尽くしても礼を返さない相手は、お前たちのことを大切に思っていないということだ」
前髪が被ったグリーンの瞳がジッと見つめ返している。
「そんな奴が仲間とお前を傷つけ続けていたら、お前はどうする?」
『なかまをまもります』
「よし。じゃあ、いけ!」
『しょうちしました』
ファーファの操るデッサン人形の動きが止まり、背になびいていたマントが消えた。
モード変更。
スッと起立したその手元に、相転移された日本刀が小型に再構成されて現れる。
そばに居た虹色に輝く仲間2体がそのデッサン人形を抱えると、残った敵に向かって飛び立った。
そして、虹色に輝く光にまとわりつかれ身動きが取れなくなっている敵に素早く飛びかかる。
呼応したようにその輝き達がパッと散開――と、同時に日本刀を斜めに構えたデッサン人形がその胴体に向けて横薙ぎに払った。
『どう』 ファーファが宣告する。
敵の緑点滅が一瞬にして消え、動きが停止した。
『つぎです』
繰り返しテレビやビデオで見たファーファの刀さばきは、剣道という
頭上から突き刺すように降ってきた触手の先を半身にして避けると同時に袈裟斬りにする。敵の緑点滅が消えるのを背後で捉え、次の敵に向かって虹色の妖精と共に飛び立つ。
次から次へと敵に飛び掛ると、数秒のうちに残りの敵を倒した。
「ファーファ! やったぞ! 撃退できたぞっ!!」
俺は思わずこぶしを握って叫んだ。
『いそぎます』
モニタの画面がブツリと途切れ、トイレが凄まじい勢いで元に戻り始めた。
そして、
『げんじょうかいふくを、かんりょ……』と、ファーファは途中まで言うと――俺の肩から崩れおちた。
「ファーファ! 大丈夫かっっ?」
意識をなくしたファーファをとっさに両手で受け止めた俺は、その小さな宇宙人の様子がおかしいことに気が付いた。
いつもと違う。
人形のようなファーファだが、俺にはなんとなく尋常じゃない様子を感じた。
俺はすぐ、その小さな身体を胸ポケットに入れ、両手のひらで押さえるとトイレから飛び出した。
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