第18話 いまだ、かつてみたことがありません
宇宙空間でマントをつけたデッサン人形が1体、ひらりひらりと触手をかわしながら舞っている。
何度か繰り返した回避動作のイメージがファーファの中で強化されて、自律制御もより洗練されているようだ。
ファーファも経験積んで成長してるんだなぁ。
……いや、それはそうとして!
今まで同時に7体までは戦った経験がある。まさかこんな時に限って、20体もの数で襲撃してくるとは……。200体の仲間がたった2体で全滅した苦い記憶が甦る。
そうだ。こんな時だからこそ落ち着かなければ……。
俺は深呼吸を2度繰り返すと、改めてトイレドアの正面モニタを見つめた。
現状、注意を引きつけられたのは、2体だけ。せめて3体はと指示しようとしたが、触手攻勢が強くてこれ以上はかわしきれないだろう。
ダメージを受けると100パーセントの動きができなくなるので、極力無茶はしたくない。
なにしろユニットが破壊されると、追加補充は12時間かけなければ届かないのだ。突然20体もの数が現れたということは、相手側にも今までと違う動きがあるのかもしれない。
「ファーファ! 人形、もう1体あっただろ? それも追加だ」
『しょうちしました。ただし、どうさかんしせいぎょが、ぶんさんされます』
敵2体からの触手をかわしながら、ファーファが淡々と答える。
送り出された物体は、ファーファのイメージに沿って再構成され、ある程度の自動運転ができるよう意識が埋め込まれている。例えば戦闘機らしくだったり、アン○ンマンらしくだったりだ。
動作監視制御とは現場コーチと言えばわかるだろうか。。
俺が監督として指示をすると、ファーファやミミはユニットを自動運転しつつ適宜、補正や修正していく。AIの最適化と言えばよいか。
その物体のAIが経験を積んでいけば、見当違いの動きが減り、その分だけファーファも他の事に意識を割く事ができるというわけだ。人間で言えば、半ば無意識に操作することや、部下を信頼して任せると表現すれば伝わりやすいと思う。
まぁ、コーチ自身が素っ頓狂な事をするのが目下の悩みの種なのだが。
「今の制御の程度が、2体に分散するのか……」
もっと経験を積ませないと今のレベルじゃ無理だろう。それなら、1体に集中させておいた方がよいか……。
ミミに助っ人を頼むか?
……いや、ミミが入ってもせいぜい追加で2、3体をしのげるだけ。15体は残る――全滅までの時間が延びるだけだ。
15体もいれば今までの経験なら数分で全滅するだろう。
……喉が渇いてきた。
「アヤトくん、大丈夫? お手伝い何かできない?」
宇宙側はパンク状態。さらにこちら側の世界では見つかってしまうかもしれないピンチ。人手が全く足りない。
「志戸、ここに守衛を近づけたくないんだ。いい方法ないか?」
「え? えー!? えと、えーと……別の場所に注意を引きつける……と……か?」
「よし! 志戸、頼んだ」
「ええええええーーーーっっ!?!?」
志戸、大声にならなかっただけでも偉いぞ。
「むりむりっ! むりむりのムリ
「大丈夫っ! お前、結構テンパるけど、やればできるヤツなんだから!!」
「オバケが……」
「ミミと一緒なら大丈夫! 俺が保障するっ!! だよな、ミミ?」
『しょうちしました』
ふぇぇ……というような声が聞こえた気がしたが、この状況、かまってられるか。
「わたしがやらないと、ですよね……やらないと、やらないと……」
志戸の震えながら呟く声が聞こえる。
「そ、それじゃ、部室に行きますね。部員が部室に居ないと変ですもんね」
「頼むよ。こっちはいつもより時間がかかりそうなんで、20分はお願いしたい」
大ピンチとは言わない。変に心配をかけるともっとテンパるだろうからな。
「いいい急がないと、ですよね。が、がんばってきますぅ」
そう言うとトテトテと靴音が走り去っていった。音程のズレた『おお、ブレネリ』の歌声と共に。
歌を歌って……きっと怖さを紛らわせているんだろう。気の毒だが注意を引き付ける役目としてはバッチリだ。
ミミとファーファは意識共有していてお互いの状況はわかるからな。いざとなったら助けに行くから。志戸、頼んだぞ。
※※※
さぁ。どうするか……。
目の前には20体の敵が浮かぶ。いつもの如く鼓動のようにブヨブヨと様々な幾何学形に変化させつつ、不気味な緑の光が滲み出ている。モニタ越しでも気持ちが悪い。
注意をひきつけている2体以外――18体が、徐々に300体の仲間に近づいてきている。
ファーファに音成先輩のみへメールを打たせる。志戸が注意を引き付けるため分かれた事と、かつてない数の敵が現れて大ピンチだ、と。
何かアドバイスが欲しい。1ヵ月間、隣の個室で俺たちの戦いの様子を聞いていて、さらに仲間になった後も何度かアドバイスをもらった先輩だ。ある程度の事は把握してくれている。
戦闘中なので、簡単にとお願いすることも忘れずに付け加えた。失礼かもしれないけど、先輩ゴメン!
『メールがとどきました』
「読み上げ、頼む!」
『味方の数を増やしましょう』
本当にアッサリ返ってきた。そりゃ、戦いは数とは言うけど。
「先輩に返信だ。――ミミは志戸のサポートに行ってしまって、俺だけなんです」
すぐさま返答がくる。
『後ろに居るのは味方でしょ』
――って、そうか!
「ファーファ! そこにいる300体の仲間にお前が持っているイメージを共有させられるか?」
『かのうです』
よしっ!
『けいけんによる、さいてきかはされませんが、イメージはおくることはできます』
簡単な動作なら見よう見まねをさせられるってことだな。
「イメージを共有化できそうなものを教えてくれ」
『クマちゃん――そざい、なし。せんとうき――そざいりょうが、たりません。けんどう――そざいぶんさん、かのうです』
同時に、トイレの側面モニタに関連情報が流れる。
戦闘機は300体分に分けられるほどの素材量が無いか……剣道は転送済みの大剣と日本刀を小さく再構成すれば全員分は作成できるが――
『わたしだけで、300ほんをさいこうせいするには、ぶんさんせいぎょと、かなりのじかんがかかります』
複雑な構造だと手を取られるんだな。
「アン○ンマンモードはどうだ!?」
『マントがあれば、かのうです。さらに、みな、さきほどから、じっさいにみていますので、きょうゆうかが、しやすいものになります』
「すぐに始めてくれ」
『しょうちしました』
ファーファが操作しているデッサン人形。そこから最も近い仲間の表面に変化が起きた。虹色の光が一際、強くなったのだ。
それはさらに近くの仲間にも伝わった。最初の1体から次々にキラキラした虹色の輝きが波紋の如く拡がっていく。少しずつゆっくりとゆっくりと。
「ファーファ、時間がない。すぐに小さくてもいいからマントを大量に再構成してくれ!」
送っておいたハンカチを小さく分けるだけの再構成なので、負荷も少なく早いはず。実際、あっという間に次から次へとマントができあがっていく。
幾つかの側面モニタには引き続き、300体が次々と明るい虹の輝きになって伝播していく姿が映し出されている。
そして、驚く事に光の塊だったものが形を変えていた――人が丸くなっている形――デッサン人形をコピーしているのか?
それぞれの背中に小さなマントが現れると次々と身体を伸ばし、飛びたって行く。
まるで、さなぎが輝く妖精になって飛んでいく様を見ているようだった。
飛びたった仲間たちは虹色の光る姿になって次々と敵の周囲を乱舞し、かく乱している。
中には触手に絡め取られ次々と虹色の輝きを失うものもいるが、圧倒的な数で敵を翻弄しているのだ。
『なかまたちが、じぶんのちからで、たいこうしています』
ファーファが、淡々と、ゆっくりと……そして――
『いまだ、かつて、みたことがありません』
まるで、感情があるかのように呟いた。
ふと、何体かのマントに目が留まった。
「あれは見覚えがある……」
『ハンカチのそざいだけでは、たらなかったのです』
最初の戦いで千切れ飛んだこぐまのぬいぐるみ。そのパッチワークの布が虹色の妖精たちの背中に甦って羽根のように翻っていた。
やがて、動きが鈍くなってきた敵が現れた。このまま行けばいいのだけど、確かこのアン○ンマンモードはしばらくすると触手に捕まってしまうという限界がある。
早くとどめを刺す方法を指示してやらないと――。
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