第17話 最果ての敵と眼下の敵
気が付けば校門が全開にされている。そして、巨大なセミトレーラー型のタンクローリーが暗闇の向こうから現れた。
『ミミ、あれはタンクローリーです。かんおけではありません』
肩から落ちないように耳を掴みながらファーファが囁いた。よしよし、ちゃんと覚えているな……って、タンクローリー? 学校に?
それは、大きなエンジン音とエアブレーキの圧搾空気を吐き出しつつスピードを落とした。そのままギシギシときしみ音をさせて大きくカーブを切ると学園内に入ってくる。
校門から続く幅広なメインストリートを徐行し、牽引したトレーラー部分がまっすぐになるとバシュッと空気を抜いてエンジンを停止させた。
運転席から降りてきた人影が守衛室に向かっていく。
「ファーファ、先輩にメールしてくれ。見つからないよう注意しながら観察して欲しいって。なんだか妙な感じだ。それと、お前は動画撮っておいてくれ」
『しょうちしました』
先輩の実況メールが返ってくる。叙情的でポエムな部分を端折って教えてもらうために、同報メールで届いている志戸に読み上げをお願いする。ごめん、先輩。後でゆっくりと読むから。
「ミミは志戸の代わりに周囲や廊下を警戒しておいてくれ」
ミミはファーファと違ってスマホと同化していない。スマホの機能を知らないからファーファのような役割とは違うお願いをする。
『しょうちしました』
志戸がスマホをあたふたと操作している。
「えと、えっとですね……危険物マークが付いているそうです」
大型タンクローリーの様子を注視しつつ、報告に聞き耳を立てる。危険物――ガソリンか?
「あと、会話が聞こえるそうです。今回のJP-8がなんとか、連絡が違っていて早めに着いて悪かった、2便目は予定通り1時、3便目は2時に到着するとか。あ、先輩によると、JP-8って米軍の軍用航空機の燃料だそうです」
そんなことよく知ってるな、音成先輩……。
だけどなんでまた米軍の燃料がこんなところに届くんだよ。
「それと、守衛さん達が3台分の搬入をぼやいていますね。今日は学内に天文部の2人が残っていてリスクがあるからこういうのは困る」
志戸が緊張した顔でメールをスクロールしていく。
「だけど、来週からは学園祭準備が始まって人目が増えるから強行するのもわかるけどな、って言っているそうです」
俺たちのことは知られているんだと、緊張が走った。一瞬こちらを見られたような錯覚を覚える。
「ファーファ、先輩にメールだ。マズイ感じだから見つからないよう早くそこから離れるように」
『しょうちしました』
『スズミ、そろそろ、きんきゅうじょうきょうになる、じかんです』
ミミが志戸に囁く。
「アヤトくん、もうすぐ11時ですって」
もうそんな時間か。
今から学校を出て準備していては襲撃には間に合わないだろう。
「それと、先輩からの報告で、居残っている学生の様子を後で見に行くって。11時半には追い出すって言ってます」
「11時半?」
「許可を11時半までにしたんです。アヤトくん、トイレの調査に1時間も要らないだろって言ってましたし、緊急状況までには家に帰るだろうなって思ったから……」
確かに……。
「こっちもマズくなってきたな……。ファーファ、先輩にメールだ。もうすぐ11時で、いつもなら敵が現れる時間です。このままこっちは戦闘に入っても大丈夫そうですか?」
――「アヤトくん、先輩からです。3人が話し終わって分かれたって。搬入済ませるから、ナントカを開けてくれって」
いつまでもだべってくれる訳じゃないか……。
「守衛さんの一人が運転席に、もう一人が守衛室に戻ったそうです。先輩の予想では今すぐそちらに行くとは考えられないって。守衛室を空けたままにはしないはず、もう一人がナントカを開けて戻ってくるまでは大丈夫だと思う、だそうです」
なるほど。時計は10時45分。定刻どおりなら15分前後で敵が現れる。
「早められればいいのに……」
志戸の言う通りだ。定刻の襲撃ということは準備ができる反面、融通がきかない。こちらから始めることもできない。
あらかじめ襲撃される位置もわからないし、防衛なので敵が来ないことには始まらないのだ。
せっかくの15分間はわかっていても無駄な時間になる。
トレーラーのエンジンがかかり徐行を始めると、学園ご自慢の大型グラウンドの方に向かっていった。なるほど、グラウンドの周囲がロータリーの役目になって、巨大トレーラーでもバックせずにスムースに出て行ける訳か。
やがて、トレーラーは室内プールが入っている施設の横手でエンジンを止めた。ここからは遠くて何をしているかは分からない。
先輩に問いかけると、ジェット燃料のタンクローリーということなら搬入とは中身を移す事のはず。あんな大物ならすぐには終わらないと思う、と返信がきた。
戦闘が始まっても守衛が来るまでには終わらせられるか……。
下手に動かずここで戦闘準備に入った方がよいと判断した俺は、早めにトイレの中に入ってファーファにセットアップを依頼した。志戸とミミには引き続き監視してもらうことにする。
いつものトイレの個室のはずだが、真っ暗で落ち着かない。かといってトイレの電気をつけてわざわざ居場所を教えるようなマネもできない。
モニタ群の光だけが俺とファーファを青白く照らしている。なんとなくこっそり夜中にテレビを観た時のことを思い出してしまった。
何も起きない準備状態で、ジリジリと時間は過ぎていく。
11時。
『てきがあらわれました』
来たか!
『きゅうなんしんごうが、はいりました。がいとうしゅうだんの、ざひょうを、かくてい。さいてきなけいろじょうほうに、せつぞくしなおします』
モニタの幾つかの画面が凄まじい勢いで切り替わっていく。
様々な色の恒星や惑星、明るい星雲や暗い星空が怒涛の如く表示されては消えていく。
そして、出し抜けに全ての画面が固定された。
前方にはいつもの不思議な色合いのカプセルのようなものが一面に浮かんでいる。
現場はどこかの巨大惑星の近くのようだ。
今までは、救難信号を受けてからファーファが秘密基地化していたが、最初から見るのは初めてだった。経路情報を繋ぎ直すとはどういうことだろう。後で確認しよう。
「おいっ!」
思わず叫んだ。
『てきすう、20。なかまのかずは、300です』
20だと!?
いつもより圧倒的に多いじゃないかっ! かつては2体で200体を、15分で全滅させた敵だぞ!!
「アヤトくん! 大変っ!! あのトレーラー、前の部分だけ切り離して門の方に戻ってくよっっ!!!!」
え? なんでそんなことするんだよ?
「先輩からメールです! ちょっと待って……」
志戸の焦った声が届く。
「移送に時間がかかるから自動で移送させておいて、恐らく空になるころに次の便のトレーラーが運んできたタンクと付け替えるんじゃないかって」
だから1時間後か!
「先輩からです! 3便目のトレーラー部分が置きっぱなしになるけど、おそらく――って、えっなんで!?」
「どうした?」
「トレーラーの前の部分を、門の外に停めました!」
志戸の上ずった声が聞こえる。
「先輩からメールです! ドライバーがトイレに行きたいって。ついでに守衛さんも早めに学生追い出してくるってっ!!」
前の部分だけなら普通のトレーラーの運転席だしな。通りすがりに見えなくも無い。
『スズミ、このたてものに、むかってきます』
周囲を監視しているミミの声が聞こえる。
『アヤト、てきがうごきはじめました』
ファーファの声がそこに割り込んだ。
「ファーファ、アン○ンマンモードで回避集中! 注意をひきつけておいてくれ」
『しょうちしました』
相手は20体。注意をひきつけるといってもせいぜい2体程度か。てこずっていると被害も出るし、なにより守衛が来たら全てが見つかってしまう。
「どうしよう、アヤトくん!」
俺が聞きたいわ!
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