第13話 謎深き、隣はなにをする人ぞ


 翌日。

 志戸にはまだ隣人の話は伝えていない。どうなることか分からない今の状況で、しかも男子トイレの中の話を志戸に伝えたところで、

 「ど、どどうしましょう……」

と、おろおろするだけだろうからな。それなら話さない方がいい。

 そもそも、自分のミスだ。自分で始末をつけねば。


 俺はいつものように男子トイレに籠もっていた。無事戦闘は終わったが気がかりなことだらけだ。


「ファーファ、最近ほんとにどうなってきているんだ? 4日後にはテストだぞ。テスト中に呼び出されても、いくらなんでも対応しきれないからな」

「しょうちしました」

「……承知するなよ……」

 なんとかならんもんかなぁ。


「おーい」

 俺は隣人に声をかけた。

「!?」

「お前さー、テスト勉強してる?」

「……」

「1学期の成績、あんまりよくなくって、何とかしないといけないんだけど、ご覧のようにコッチのことも大事でさ」

「っっ……」

 ん、なんか喋ってくれてるのか?


「ひょっとして、いいテスト対策あるの?」

「っっ……」

 すごく躊躇ちゅうちょしている雰囲気だな。

 そりゃそうか、壁越しだわ、隣で宇宙人と会話して秘密基地作ってるわ、そんなやつが相手だもんな、おびえているのかも。

 今までどおり無視していたらいい訳だし、無理にコミュニケーション取る必要はないんだし。

 ま、何かあったら教えてもらう程度で。


「深呼吸ー、深呼吸したら?」

 何度か話かけようとしている雰囲気に、たまらずこちらから声をかけてしまった。

 思い出したように、すーーーーはーーーーし始める。相変わらず素直な奴。


「ぁ……っっ……」

「なに?」

「っっ……」

 何か教えてくれそうな雰囲気だ。まあ、相転移中のトイレの中。何することもないから、ノンビリ待つか。

「……て、テスト」

 小さな声が聞こえてきた。

「テスト?」

「……」

 おびえているんだろうなあ。仕方ないな、宇宙人いるんだもんな。逃げないのが立派だ。俺なんか腰抜かしたのにな。


「あー。そっちもテスト気になってんの?」

「……」


授業開始のチャイムが鳴ったので、今回はここまでとなった。



※※※


 再び、いつもの個室を開けると一冊のノートが置いてあった。

 開いてみると、かわいいながらも綺麗な文字でしっかり授業の内容が書かれてあり、蛍光ペンなどで重要ポイントが分かりやすくまとめられている。見事なものだ。


 でもなぜまた、女子のノートがこんなところに?


『なにか、ついています』

 付箋が幾つかのページに付けられている。

 そこには、

『1年生2学期の中間テストの範囲なら、ここがポイントです』

 と、小さく書かれていた。


 !!


 なんて、素晴らしいノートだっ!!

 なんだよ、この神様がくれた贈り物はーっっ!


「おーい」

 隣人に声をかける。

「こっちの個室に誰か女子入ってきたか?」

 深呼吸する音が聞こえる。


「……っっち、ちがぅ」

 相変わらず可憐な感じの声だなあ。

「ちがうの?」

「ぼ、ぼ……く」

「え、お前?」

「て、てテスト、こここまっ……てたから」

「マジで!? こんなことしてもらっていいの?」

「……」


 試験範囲のページを開くと、ここさえ覚えれば乗り切れるだろうとわかる素晴らしいものだった。

「すごい分かりやすいし、こんな風にわかりやすくノートとれるとは! お前、頭いいんだなーっ!」

「……」

「しっかし、お前ずっとココにいるんだろ? どうやってこのノート取ったの?」

「……」

「あー。言いたくないなら、いいよ、いいよ! わけアリだもんな。でも、すごいぞこれは」

 手放しの賞賛だ。

「ぁ、あああり……が……」

 照れてる声もかわいいな。

「ほ、ほ他のノートも、あある……」

「マジで? 借りていいの?」

「……ぃ……ぃいよ」

「ありがとうな! おかげでテスト、なんとかなりそうだ!」


 ほんと、すごい助っ人があらわれた。

 壁に向かっているからだろう、面と向かうとなかなか言えないこの俺が自然とお礼を言えた。それだけ興奮していたのかもしれない。


「ぁ……あ、あの」

「んー??」

「ぼ、ぼぼく……の、は、話わかりりますか」

「わかるけど?」

「……」

 何をいまさら。それがどうしたのかと。

「それより、これ俺借りちゃったらお前どうするの?」

「っ、つかわな……い」

「もう頭に全部入れたから大丈夫ってこと? すごいな、お前」

「……」


 休憩時間の終わるチャイムが鳴った。

 トイレから出た俺は、鼻歌交じりに教室に戻っていったものだ。



※※


 放課後の作戦会議で、トイレの隣人の事と今までの経緯を志戸に伝えた。

「たぶん、秘密は守ってくれるんじゃないかと思うんだ」

「アヤトくんが大丈夫なら、きっと大丈夫ですよぉ」

 マロンシュークリームを2つに割って器のようにする。

 更に小さくちぎったパリパリのシューでクリームを掬ってファーファ達に差し出しながら、志戸がほわわんと答える。


 お気楽な反応にオイオイと突っ込むと、

「わたしよりもアヤトくんの方が色々と知っていて、なにより冷静ですから!」と、張り切って答えられてしまった。

 なんだそりゃ。


「俺、人を見る目なんてないぞ?」

 すると、ドヤ顔っぽく、

「わたしなんてダメダメのダメですからね! もしわたしがそんなことになったら、たぶんオタオタしちゃって、アヤトくんに相談しちゃいますよ? それで、きっと言われた通りにしますよ? だから、です!」

 ――と、自信満々に言われてしまった。


 なにが「だから、です!」なんだろう。志戸の中では完結しているようだ。

 テンパるので自分が判断するより俺の方がマシだから、と言ってくれているのだろうか。

 ぼぉーっとしていてその場その場で適当にフラフラする俺より、目ざとくて子犬の顔や宇宙人ボックスを見つめて意思疎通できるらしいお前の方がよほど人を見る目があると思うが、反論する方が面倒なので、ウーンと唸ってシュークリームにかぶりついた。



 案の定、中のクリームが飛び出して汚れた指を洗ってから、改めて借りたノートを志戸にも見せる。

「ふわぁ~。スゴイですねぇ! すごく分かりやすいです!!」

 目を丸くしてノートをめくる志戸。

「志戸もせっせとノートを取ってるじゃないか」

「わたしは、ちゃんと書かないと頭に入らないだけで……」

 情けなさそうな顔をする。

「でも、あ……あれ!?」

 妙な表情に変わった。

「授業に無かった部分が書かれていますよ?」

「そんなの分かるの?」

 えっとですねぇ、と言いながらカバンをごそごそする志戸。3冊ほどノートを引っ張り出した。


「ここです」

 ――と、指差したところは確かに違っている。それにしても……志戸、すごいな。

 小さなかわいらしい文字で綺麗に黒板の文字が書き写され、さらに先生の話した事も書かれてある。なるほど、授業内容丸ごと記録しているのか……。


「そっちの2冊はなんだ?」

「こっちは予習用で、こっちは復習用です」

と、さらっと答えられてしまった。

 復習用のノートを見ると綺麗にびっしり書かれた文字の中に蛍光ペンで幾つか線や矢印が引かれており、授業以外の関連事項も書かれている。


「せ、説明の前後もキチンと書いておけば、後で見ても安心なので……」

 なんというか……ありったけ準備するのな。

 つくづく真っ正直に体当たりというか生真面目というか。ポイントはしっかり分かっているけど一応全部書くことは書くのか……ある意味感心してしまった。


「ここも確かに大切な部分なんですけど、今回の範囲には入っていないんです」

「微妙に内容が違うのか」

 9割以上はノートのアドバイス通りだが2ヶ所程余分があるようだ。

「授業中もずっと籠もっているんでしたら、トイレの中で勉強されてたんでしょうねぇ」

 それは違うと思うぞ。

「お腹の調子が悪いなら、保健室に行った方がいいと思うんですけど……」

 って、それもたぶん違う。

「でも……」

 自分のノートを抱えた志戸がおずおずと口を開いた。

「アヤトくん、ノート借りたいのなら言ってくれれば……」

 そうか、志戸に借りる手があったか。

「アヤトくんのことだから、きっちり勉強できているんだと思っていました……」

 志戸……やっぱりお前、人を見る目ないわ。

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