第4章 目撃者は黙して語らず
第11話 君に壁ドン
学園祭が来る。
俺にとっては、まぁイロイロとにぎやかで非日常感はあるよなあ……程度の感覚で、さほど気分が盛り上がっているわけでもない。
特に騒ぐ友達もいないし、クラスの出し物の手伝いを頼まれた程度やれば、あとはなんとなく模擬店をウロウロして、グラウンドで来場者の面々をボーっと見て、誰も居ない教室でウトウトやって、そんなことをしているうちに終わらんかなぁ、位の計画である。
ぼっちじゃないか、と思われるだろうけど、友達がいないのは別に苦ではない。
気を使うこともなければ、振り回されることもない。昼休みに惰眠をむさぼることもできない。ぼっちっていうのも気楽でいいもんなんだ。
そう。もうすぐ学園祭が来る。
…………訂正する。
学園祭の前に中間テストが来る。しかも4日間もだ。
思わず現実逃避してしまった。
学園祭はどうでもいい行事だが、中間テストはそうも言っていられない。
だからこうして自宅の部屋にこもってテスト勉強をしている。
コンビニのバイトはテスト準備中ということで免除してもらっていて、受験体制としては問題がない。ないのだが――
「……」
「…………」
ハッケヨイ……のぅーこったぁー! のぉーーーこったぁーーー!!
にぎやかな声が流れ、バシンっという巨体のぶつかり合う音。
イラ……。
大歓声が沸き起こる。
イライラ……。
血色の悪い顔に髪をピンピンに尖らせた悪魔がウンチクを語っている。
へぇ~。
……じゃない!
「ファーファっ! イヤホンで観ろ! イヤホンでっっ!!」
俺は振り向いて、ベッドの掛布団の中に潜り込んで大相撲ダイジェストを観ている宇宙人に怒鳴りつけた。
ベッドでテレビを観ているのは、お姫様人形のような繊細で整った顔に、布団を被っているので今は見えないが、ウェーブのかかったプラチナシルバーのロングヘアの持ち主。
透き通ったグリーンの瞳に少し前髪がかかっている。表情は無いが無機質というわけではない美少女。ただし、身長約15センチ。
『しょうちしました』
100均で買ったイヤホンをずるずると引き延ばして部屋を横断し、掛布団に潜り込みなおす宇宙人。
「……」
あ。あの参考書どこだっけ。
確かうしろの本棚に……って、イヤホンコード? ……って、危ねぇっ!
というところで、滑ってこけた。
「あにきぃっ!!! さっきから、なに騒いでんのっ!!」
突然、ドバンッと部屋のドアが開かれると、お怒りの妹、そらが仁王立ちしていた。
「って、なにしてんの?」
倒れているイスに、部屋を横断してベッドの掛布団の中に伸びているコード。
そしてそれを踏まないようにして滑ってこけている身長185センチの兄を見れば、まあ、そんな疑問も湧いてくるだろう。
「ベッドにイヤホン伸ばしてるからだよ。なんでそんなことしてんのか、わけわかんないけど」
呆れ口調のそら。チラチラとベッドの方を見ている。まずい、ベッドの方に行くな!
「いっつつつつ、背中打ったー! どんなになってる?」
そのままうつぶせになってシャツをめくりあげ、背中を見せる。
「んー、なんともなってないけど?」
よし。注意は逸らせた。
「あにきみたいにデカイのが暴れると、家が壊れるぞ。変なことやってケガするのは勝手だけど、家は壊されるとこまるっ!」
仰るとおりです。
両手を腰に当ててジト目で見下ろした妹にお引取り願うと、俺は部屋の床にそのまま仰向けにゴロンとひっくり返った。
家族にはファーファのことは秘密だ。両親の主義で鍵をつけていない部屋でファーファを自由にさせるにはイロイロと気を配らなくてはいけない。幼い頃、拾ってきた子猫を隠れて世話した時のような感覚だ。
『だいじょうぶですか?』
布団の中からファーファがこちらを覗いている。両手でイヤホンを握っている姿がなんとなくリスのようだ。
あー冷たい家族と比べて、優しい宇宙人だこと。
俺はひっくり返ったまま、深呼吸を2回ほどした。
……まあ、ファーファに怒ったって仕方がないな。それにイヤホン付けろって言ったのは俺だし。はぁ……テスト勉強しないとなぁ。
そんな中、布団の中から澄んだ声がした。
『きんきゅうじょうきょうです』
……もう11時かよ――
※※※
ファーファたちの戦い方はだいぶと進化している。
紆余曲折、遠回りしている感はあるが、武器とその動きのバリエーションは最初と比べれば、格段に増えている。
俺はせっかくイメージできている戦闘機の動きを活かす為、ほったらかしにしていた零戦のプラモデルを下手なりに組立て、志戸は日本刀を相転移していた。
はぁっ? と耳を疑ったが、
「もちろん模造刀ですよぉ。刃はないんですよ?」と、志戸はえへらーとしていた。
剣が使えるようになったら、これも大丈夫ですよねー、なんて言っていた。
なんで、そんなものがお前んちにはあるんだよ。
これらを使わせているうちに、戦闘機と剣道の動きは少しずつこなれてきている。突拍子もないことをやりかねない不安はあるけれど、宇宙人たちの戦闘機イメージと剣道イメージの経験を強化して、動きの選択肢を増やそうとしていた。
そろそろレベルアップしてもいいんじゃないか、宇宙人たちよ?
トイレのモニタやスマホ越しで宇宙のどことも分からない戦闘に関わるということは、正直に言うと、いまだ現実感はない。戦争に関わっている感覚が殆ど無いのだ。
ともすれば、異世界ゲームで遊んでいるように感じることもある。
何をまだゴチャゴチャ言っているのか……と思われるかもしれないが、想像して欲しい。スマホのデータ画面を見て、「これは現実世界のことで異星人が襲われているのです、さあ、助けるのです!」といわれている感覚なのだ。
ただ、初めて全滅を引き起こしたあの時の志戸と宇宙人たちの姿に、なんとかしなければと思ったのだ。現実感があろうがなかろうが、だ。
志戸や目の前の宇宙人たちに、悲しい思いをさせたくない。それだけで宇宙人たちの戦いに関わっている。なにより、手助けすると俺自身宣言したことだからな。
校舎端の男子トイレには相変わらずお世話になっている。本来の使い方をしていないのだが、すっかり常連だ。
そして、最近になって少々気になることが出てきた。襲来の通知頻度が増えてきたのだ。
志戸に尋ねると、当初は夜の11時頃、しかも数日に1度程度だったらしい。
徐々に頻度が上がってきて、2日に1度になり、俺が手伝うようになってからは朝の6時頃にも襲来するようになって、やがて毎日に。
そして今では11時も6時にも襲来するようになり、ここ数日に至っては昼間にまで現れ始めた。
※※※
『きんきゅうじょうきょうです』
机の中からファーファが腹を押してくる。俺はノートの陰で頭を抱えた。
今は物理の授業中だ。この先生の時はトイレに抜け出せない。正確に言うと、抜け出したくない。
1学期の頃に誰だったかが授業の途中にトイレに抜けて戻ってきた時のことだ。
この白衣の先生から「休憩時間は次の授業の準備時間です。授業を阻害するような事柄を事前に排除するためのものです。トイレなど済ませておいて当然の事なのです。貴方はその不在の間、流れるような理路が抜け落ちるわけです。与えられた3千秒という時間は有限であり、無駄にしてよいものではありません」云々、延々とネチネチ言われ続けて、トドメに黒板の例題を答えさせられるという地獄を見た。
今思い出しても、トラウマである。
志戸はこちらを向こうか向くまいか、頭をぎこちなく動かしている。
思わずこちらを向いてしまいそうになるのを、はたと気づいて戻しているんだろう。傍から見ると何がそんなに気になるのか、という風である。
目いっぱい奇妙な動きだ。
志戸には授業中のトラブルは、俺が全部なんとかすると言ってある。言ってしまってから後悔はしているが、真面目で通っている志戸に授業の途中で抜けさせるのは忍びないからな。
こちらを見るとか挙動不審なことをすると疑われるから平静にしておけと、繰り返し伝えてある。
それにしても生真面目といえばいいのか。
早く何とかしないと……志戸を変な子扱いにしてやるのもかわいそうだしなぁ。
俺は机の下で相変わらず腹を押してくるファーファにささやいた。
「ファーファ。あと、12分。12分だけ時間稼ぎしてくれ」
あの先生は、授業時間は有限の3千秒だと標榜しているだけあって、チャイムが鳴ると厳格に授業を切り上げる。グダグダと引き伸ばさない。トイレまでダッシュすることを考えて12分あれば……。
「そうだ! アン○ンマン! アン○ンマンモードで注意を引き続けて被害を出さないようにしておいてくれ!!」
俯いてノートを書いているふりをしつつ、机の中に向かってコソコソ話をする。
『しょうちしました』
アン○ンマンモードとは、今とっさに名づけたが、送ったデッサン人形をアン○ンマンのイメージで敵の触手をかいくぐって注意をひきつけた戦法のことだ。
上手くいったのでファーファの作戦ストックに採用していた。
ただし、この動き、しばらくは回避するが最終的に捕まってしまうらしい。
『しばらくすると、バイ○ンマンにつかまってしまうのです』
「はぁ?」
『このわざは、そういうもの、なのです』
目くらましとして何度か試したら、そんなことを話していた。
ファーファのヤツ、つまらんイメージを持ってしまっている。アン○ンマンとはこういうものだと理解しているようだ。
その上で、上手く指示するのも俺たちの役目なんだろうけど……。
※※※
『ひがいすうは0です』
「ファーーファ、も、結構、うまく、やってた、ぞ……」
ゼーハー息を荒くしながらではあったが、今回も無事切り抜けた。
一番奥の個室は相変わらず使用禁止の札がかかっており、俺はいつもと同じ個室に飛び込んでいた。
回避重視の作戦だったためこちらの被害もなく、補修材料の相転移はしなくてよかったのも助かる。そういえば、デッサン人形が壊れたら何を送っておけばいいのだろう。
救難信号が来たら、すぐに人目を避けて、戦闘を切り抜けて、12時間後の戦いを考えて準備もする。
補修もやって……あ、材料足りていたっけ。忘れていたら、12時間後にしか届かないからな。タイミングをミスったらまた全滅しかねない。
志戸も頑張ってくれているが、正直かなり厳しい。
それにしても、ファーファ達が回避特化の戦い方を学んでくれたのは助かった。とっさに思いついたが、こういう時間稼ぎにも使えるな。
ただ、しばらくすると捕まってしまうらしいので、延々と引き伸ばすことはできない時間限定付きの作戦だ。
なんでこの宇宙人どもは、こうもややこしくしてくれるのか。この最初の思い込みをどうしたものか。これも課題だなあ。
洋式トイレのフタに座った俺は手の甲で汗をぬぐった。だいぶと涼しくなってきているが、全力で走った後はまだまだ汗が出る時季だ。
「それにしても、もうどれだけこのトイレにお世話になってるんだろうな」
『1かげついじょうですね』
その間に、いったい何度この中に籠もっているのか。
「しっかりトイレの住人のようになったなあ。結構居心地いいし、もう、お前、ずっとココにいるか? 前もって準備して。お菓子なら持ってきてやるぞ」
『しょうちしました』
「承知するなよ」
「……ふふっ……」
!?
「ファーファ、お前笑ったか?」
……って、ファーファが笑う?
無表情のファーファが、グリーンの瞳でじっとこちらを見上げている。
じゃあ、誰だ、今の笑い声は?
「……誰かいるのか? 誰か今、笑った?」
おずおずと誰にとも無く声をかけてみる。
「…………」
さっきのは笑い声だったよな。
まずいぞ。ファーファとの会話やドタンバタンしているのを聞かれたか?
俺はかなり焦り始めた。
「おい、誰か居るのか?」
「…………」
気づかれないように、ゆっくりとひっそりと個室のドアを開けてみる。
誰も居ない。
校舎の一番端ということもあって、休み時間にも関わらずめったに利用者はいない。思ったとおり、人の影は無かった。
「笑い声、聞こえたよな?」
ささやき声でファーファに尋ねる。
『わらいごえかどうかわかりませんが、いきがおもわずもれるようなおとは、しました』
おい! まずい。まずいぞ、まずい! 何とかしないと!! 気を抜いたせいで、また危機に陥るなんてもう嫌だぞ。
「おーい」
「……」
「誰かいるなら、怒らないから、ちょっと話したいんだけど?」
これで誰も居なかったら笑い話だが、そのほうが有り難い……。
俺はおもむろに大きく息を吸った。
「オゥルァァッッ!! 隠れとんのはわかッとんやぞッ!!」
「……ひっ」
「って、わあああああああ!!!!」
須鷹じこみの大阪弁の怒鳴り声を出してみたら、まさかの息を呑む声が聞こえて、こちらも思わずうろたえてしまった。
「隣だな!? 隣かっ! 誰かいるなっ!?」
俺の籠もっている隣の個室から小さな叫び声が聞こえた。
「使用禁止の個室でなにしてんだ!」
トイレの個室で何してるも何も無いが、俺みたいな者も居るわけだしな。
隣の個室への壁をドンドン叩く。
「……っっ!」
あ。これは居る。気配したぞ! 絶対に誰か居るっ!! やばいって!! まずいって!!
「お前、修理してるわけじゃないだろ!? じゃあなんだ? あーあれか? 覗きかっ?」
男子トイレの覗きをする男子か。ドタンドタンと猛烈に壁を叩きながら責める。
「……っっち、がっっ」
「??……へ?」
俺は壁を叩くのを止めた。今の声……。
「お前、ひょっとして、女……?」
息を呑むような後、なんとか振り絞ったような声は、確かに高い声。しかもかわいい感じだ。
「……っぅっっちっちがっちが、いっちがいま……」
あ。やっぱり。
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