第10話 新たな心で残さず斬れ。


 185センチの図体だけはでかい野郎が、木製のデッサン人形を両手に廊下を突っ走っていく。

 ギョッとした連中が廊下の端に避けるのをこれ幸いにとドタドタと全力疾走し、いつもの校舎端の男子トイレに駆け込んだ俺は、早速個室へ。早くしないと休み時間が終わってしまう。


 一番奥の個室は……また使用禁止かよ! 誰だよ、よく壊すなぁ!


 その隣のいつもの個室に鍵をかけて、ゼーハー言いながらファーファに指示を出す。

「ファーファ! とりあえず、相転移だけ、できるように、してくれっ!」

『しょうちしました』

 トイレタンクのフタを開けて、デッサン人形を2つ放り込むと一息つく。


 教室に飛び込んだのと、先生が教室に入ってきたのは同時だった。

「お~。見原ぁ、ギリギリはよくないぞ~」

「……へぁい、すぃませ……」

 こ、これで、11時まで、には、準備ができる、はず!!



 昼休みになると、俺は志戸からミミを預かって剣道場に向かった。

「ミミ、ファーファ。以前、剣と盾を使って野球やったんだってな?」

『『むずかしいものでした』』

 ハモるなよ。

「剣の使い方を覚えるのに、これから剣道の授業と部活を見て勉強してろ。うちの学校、部活に力入れてて結構な強豪校らしいからな。今夜の襲来までに剣の使い方を学習しろよ。今度馬鹿みたいにフルスイングとかしていたら怒るからな」

『おこるということは、そうていしたとおりにならなくて、ふまんを――』

 うっさい。

「くれぐれも見つかるなよ」

『『しょうちしました』』



 教室に戻ると、志戸がちょこちょこやってきた。

「えーと。みはらくん、じゅぎょうにつかう、にもつをとってほしいんですけど」

「おー、べつにかまわないぞ。せんせいのたのみか?」

「そうです」

「どこのにもつだ」

「こっちです」

 二人とも演技力なんぞないわ。

 ありったけの小芝居をして、美術準備室へ。例によって、授業準備の振りをする。



「うちの図書館、こんなのあるんですねー。びっくりしました!」

 志戸がいくつかのDVDを取り出した。七人○侍、暴れん坊○軍……などなど。往年の名作と呼ばれるチャンバラ映画やテレビドラマを借りてきてもらったのだ。 名作ライブラリーということで、結構な種類のDVDを借りることができる。

 それにしても、邦画ばかりだな。暴れん坊○軍なんて置いてあるのか。


「とりあえず、剣の使い方をきちんとイメージさせないとな」

 こぐまのぬいぐるみがフルスイングした姿を思い出したのだろう、志戸がなんとも言えない気まずそうな顔をした。



※※※


 俺は家のトイレで頭を抱えていた。最近こういうことが多いな。


 前面トイレドアモニタには、宇宙空間でソンキョの姿勢を保ったデッサン人形が浮かんでいた。爪先立ちで踵に尻を乗せしゃがみ座っている。


 ……ファーファ達は礼に始まり礼に終わる、そんな剣道の内面をまず学び取ったようだ。


『ちょっと大きすぎましたね……』

 志戸の困ったような声が流れてきた。

 先に相転移されてストックしていた巨大な大剣が、まさか人間サイズの本物の剣だったとはな……。

 不釣合いだ。不釣合いすぎて大剣にぶら下がったマスコット人形に見える。


 敵は2体。

 こちらは自分の数倍ものサイズの大剣を構えたファーファが操るデッサン人形Aと、盾の陰に隠れて見えないミミが操るデッサン人形B。


「ファーファ……こんなんで振り回せるか?」

『しつりょうに、さがあるので、イメージどおりうごかそうとしても、むずかしいです』

 物質を構成する量によってイメージ通り動かそうとしても限界があるのか。

 そりゃそうだ。小さいものがどんなに頑張っても巨大質量の物は動かせないわけで……この辺りは異星人とて不変なところか。都合よくはいかないものだ。

 解析するときにファーファがこんな感じ、とイメージしてしまうのもあるだろうな。

 何かいい方法はないのかよ。何十体もデッサン人形を送っておけばよかったか。


『もっと小さな剣ならよかったのに……』 志戸がポツリと呟いた。

「それだ!」

『ひゃ、ひゃい?』

 志戸が変な声を出すが、気にしている間はない。

「ミミ、大剣の材料を使って、もっと小さくて同じものをイメージできるか?」

『しょうちしました』

『あ! そうですね!』

 志戸が弾むような声をあげた。

『ミミ、わたしを見て! これくらいのサイズで、こんな感じに作りなおしてっ!!』

 回線の向こうで、パタパタと志戸がミミに何かを見せているらしい雰囲気が伝わってきた。なるほど、そういう伝え方もアリだな。

 

「ファーファ、時間稼ぎするぞ。デッサン人形をこんな感じにポーズさせろ」

 俺はスクっと立ち上がると、両手をまっすぐ広げようとして……ドゴンッッ! と、両手首を壁に打ち付けた。

「――っ痛ぅ!!!」

 トイレの便座にへたり込む。狭いトイレの個室ということを忘れていた。

 涙目の俺を無表情なファーファがジッと見つめている。

 前面トイレドアモニタには、大きく手を広げた後、丸くなるデッサン人形A。

 ファーファには罪は無い。罪は無いっ。ちくしょう。


「ふぁ、ファーファ……丸くならんでいいから、このポーズ、みろ」

 急きょ変更だ。左手をコンパクトに折りたたみ、右手をスクッと天井へ。前面トイレドアモニタには、同じポーズを取るデッサン人形A。


「前に送った材料のハンカチが、まだ残っているだろ? 首に巻いて背中に垂らせ」


『これは』

「そうだ、この前観せただろ!!」

『アン○ンマンですね。いぜん、スズミがみせてくれました』

「……俺、この前スー○ーマン観せただろうが!」

『愛と勇気をお友達にしてほしくて……』 志戸の妙な言い訳が聞こえてくる。


「……と、とりあえず、なんでもいい。アン○ンマンのイメージはできているな? この前の戦闘機のように敵の注意をひきつけて時間稼ぎするんだ!」



 スッと動き始めたデッサン人形Aマンが、敵を翻弄している。

 ちゃんと違いが分かっているようで、今回はヴェイパーの演出はない。


 スー○ーマンというより、まさにバイ○ンマンの攻撃を避けるアン○ンマンのような動きだが、目をつぶろう。志戸から教えてもらったことの方を覚えてやがる。

 それにしてもアン○ンマンか……志戸なりに戦うことを教えようとしていたんだろうなぁ。



 盾の陰で静かにソンキョの姿勢をしているデッサン人形B。

 その手元にジャストサイズの大剣が現れた。西洋風なので少し違和感はあるが、様になっている。

 やがてスッと立ち上がり、中段の構えを取った。


 時間稼ぎをしていたデッサン人形Aが、わざわざその横に待機する。

「?」

『ふいうちや、だましうちは、みちからはずれます』

「……」

 また変なことを身に着けたなあ。


 鼓動のように緑に点滅する塊と対峙する、デッサン人形B。

『……』

 志戸の息を呑むような気配が届く。

 ――と、一閃。

『めん』

 淡々とした声とは裏腹に裂帛の気迫。敵の面と思しき場所を打ち抜き、そのまま後方へ抜けていくデッサン人形B。

 そして、敵の方に振り向き、中段の構えに戻る。


『いっぽん』

 ファーファが涼やかに宣言した。

 敵の緑点滅が消えた。

『ミミ、ざんしんも、きちんとできています』 心なしか得意げなファーファ。

 ソンキョしたデッサン人形Bが立ち上がり、礼をした。 


 これは……剣の使い方を覚えた……というのだろうか。



※※※


 翌朝。教室に入ってきた俺を見た須鷹がニヤッと笑った。

「だから、寝る前に手首を酷使するなって言うたやろー」

 両手首に湿布を貼って包帯を巻いた俺がムスっと応える。

「トイレに籠もっていただけだって」

「そうかー! にしても、両手とは……お盛んやなー」

「やっぱり、下ネタかよ!」

 須鷹は大笑いしながら教室から出て行った。ちくしょう。


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