第3話 妄想とそれにまつわるナイトメア
その夜、清顕は不気味な悪寒で目が覚めた。時計をみると午前3時。夕方の薬を飲み忘れたのだと気づくまで、数分かかった。清顕は慌てて起き上がると、机の上をかき回して錠剤のプラスティックシートを探した。黄色い錠剤が10錠並んだあのシート。1錠200円をゆうに超えるその薬は、清顕の持病にとって必要極まりないものだった。数分、いや、10分以上探して見当たらないことに気づくと、冷や汗が出はじめた。落ち着け、落ち着け。そう呟きながら、血中濃度が下がり始めるまでまだ数時間あると自分に言い聞かせる。
家中を探してやっとの思いで見つけたそのシートは、錠剤の色に合わせてアルミの部分が黄色で、一番上に「レキサルティ1mg」と書いてあった。清顕はその薬を震える手で1錠取り出して飲み込んだ。布団に潜り込んで、やっと眠れる、そう思った時、頭の中でスイッチがカチリと入った。間に合わなかった。
じわじわと不安の波が押し寄せる。身体中の表皮がピリピリして、不快な汗を発した。胃と心臓の中間に重い痛みの核が形成され、そこから戦慄が、まるで疼痛のように脈打ちながら広がっていく。家の外を車が1台、低い音を立てて通り過ぎた。あの車は、どこへいくのだろう。まてよ、もしも仮に自分が将来免許をとって、車を運転して、誰かを轢いたとしたら?きっと自分は警察に逮捕され、留置所に入れられ、家に帰ることも叶わず、寒い独房と取調べ室を往復しながら憔悴していき、長い長い裁判で無罪になっても、もう二度と立ち上がれないだろう。誰も助けてくれず、博士号も取れずに、無残に社会の底辺に落ちて死んでいくのだ・・・清顕はいても立ってもいられなくなって、ラップトップコンピュータを取り出すと、検索ワードに「交通事故」と入れて、警察庁の統計を調べはじめた。交通事故の種類、種別の逮捕者数、起訴件数・・・
そうやって不安に体の芯まで齧られ、汗びっしょりになってベッドに戻ったのが朝の6時半。すでに明るくなった空を見上げて、清顕は「もう耐えられない」と思った。彼の周りには複雑な計算式が書かれた紙片が散らばり、彼自身が交通事故で起訴されて拘留延長が認められる確率が最後の紙片に大きく書かれていた。とても小さいその値の、ゼロが並んだ部分を見つめて、もう死のうと清顕は決めた。Facebookを久しぶりに開いて、これから自殺する旨書き込むと、ドアを開けて家を出た。
失恋とそれにまつわるエトセトラ 旅人 @tabito
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