ボクらの思い出

君は涙を拭い、笑顔で話し始めた。


「お兄ちゃん、今までありがとう。私、何もかも忘れて逃げ出したかったんだよね。そんな私に光をくれたのはお兄ちゃんだった。お兄ちゃんは私とたくさんの思い出を作ってくれた、本当にありがとう」


君はそこまで言うとボクから目線を外し、空を見上げた。

「私ね、曇り空が一番好きなの。理由はね、曇り空はみんなに平等だから。晴れの日は嫌い。晴れの日は必ず影が生まれる。それはみんなに平等じゃないの。必ず、影に居る人がいてしまうでしょ?雨に濡れるのも気持ちが悪くて嫌だった。でも―――」


君はふふっと笑って目線をもう一度ボクに戻す。

「でもね、お兄ちゃんと一緒に暮らしてる間に雨の日、好きになれたよ。お兄ちゃんとの雨の日は楽しかった。雨の日にはお迎えに行ったりもした。それに、お兄ちゃんに出会ったのが―――雨の日だったから」


君は涙を流しながら話した。

思い出がどんどん蘇ってきて、気がつくとボクまで泣いてしまっていた。


「お兄ちゃん、今までありがとう」

君はボクに抱きついた。

小さな体で、精一杯にぎゅっと。

「こちらこそ、ありがとう」

ボクも抱きしめ返した。

久しぶりに感じた人の温かさで、ボクはまた涙が止まらなくなってしまった。


「もういいだろう」

永遠に続いて欲しいと思っていた時間は、君の父親によって遮られてしまった。

ボクから君を引き剥がす無情な手。

君はもう、抵抗しなかった。

「お兄ちゃん、さようなら」

「沙耶……また会えるよな」

「うん、いつかまた……」

君は最後にまたボクに抱きついて、ボクの頬にキスをした。

そして、こう囁いた。

「私はもう『帰る』ことに怯えない」

そうして君は両親と共に去ってしまった。

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