終わりの進行
翌日の朝、天気は曇りだった。
まるで世界中の空気が何倍にも重くなったような朝、君とのお別れの朝だ。
一緒に食べる最後の朝食を噛み締め、準備を済ませたボクらは、待ち合わせの公園へと向かった。
いつも散歩で歩く道のはずなのに、今日は一歩が重く感じた。
ずっと一緒に。
そんなことを思っていたわけじゃないはずなのに、離れてしまうことがこんなにも悲しいなんて、思ってもみなかった。
いつか来るとわかっていたはずだ。
ボクは自分にそう言い聞かせるうちに待ち合わせの場所に着いてしまった。
君の両親と思われる人達は既に到着していた。
彼らはボクに深々と頭を下げ、何度もお礼を言った。
娘を助けて下さり……とか、
娘がお世話に……だとか。
そのどれもがボクと君との思い出を掻き乱した。
一連のお礼を言い終えると、彼らは君の方を向いた。
「
父親が泣きながら言う。
「沙耶、おかえりなさい」
母親も涙を流す。
感動の再開、のはずだが……君の手は震えていた。
「沙耶、帰りましょう」
君の母親が彼女の手を握った。
「嫌っ!」
だが、君はその手を振り払った。
反射的に、という感じだった。
君はボクにしがみついて、「思い出した……思い出した……」と震えながら呟く。
「ど、どうしたんだ?」
ボクは君に目線をあわせるようにしゃがむ。
「私の名前は沙耶、あの二人から生まれた。私……あの二人から虐待、されてた……」
ボクは考えもしなかった虐待という言葉に、驚きを隠せなかった。
「死ね……とか、消えろ……とか、いっぱい言われた……」
君の目はどこを見ているのか分からなかった。
ボクには、やっと君が記憶喪失になっていた理由が分かった。
君は虐待を、初めて会った日に体にアザはなかったから言葉の虐待によるものだと思うが、そのショックで記憶のほぼ全てを思い出したくない事として心の奥にしまってしまったのだろう。
ここまで精神的に追い詰められるほどの虐待とは、一体どれほどのものだったのだろうか。
「嘘は言っちゃダメよ?沙耶ちゃん」
君の母親が笑顔で君の手を掴む。
そしてそのまま君を無理矢理引っぱって連れていこうとし始めた。
「いや……嫌っ……お兄ちゃん……」
「彼女を離せよ!嫌だって言ってるだろ!」
ボクは母親の手を離させようとするが、君の父親によって阻まれた。
「娘を助けてもらったことは感謝する。だが、これ以上は私たち家族の問題だ。口を出さないでもらいたい」
それを言われてしまうと、もう何も言えなかった。
「まって!」
突然、彼女が叫んだ。
「お願い、お兄ちゃんと最後に話をさせて」
君の両親は顔を見合わせて、「仕方ない」と言った。
彼女はゆっくりと歩きながら、ボクの目の前までやってきた。
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