笑わなくても笑ってる

君が家に来てから数週間が経った頃。


未だに彼女の両親が見つかったという連絡はない。

記憶は戻っていないものの、あれから君はたくさんのことを覚え、たくさんのことが出来るようになった。

その代表例がお風呂だ。

初めは1人ではいるのが怖いと言っていたのが、今ではそれもなくなった。

だが、怖いテレビなどを見てしまったあとはまだ2人でとねだられることもある。

なんとも可愛らしい一面だ。


だが、物覚えがいいというのはなんとも残酷で、余計なことも覚えたりする。

例えば、君が突然ボクの胸に飛び込んできて顔を胸にすりすりとしたことがあった。

「な、なにしてるの?」と聞くと君は、「こうするとシアワセな気持ちになれるって書いてあった」と言った。

それに続けて「お兄ちゃんの部屋にあるご本で見たの、ぱふぱふ」と言われた時は真っ赤になったのを覚えている。

君にまだそういう知識がなくて良かった。


他に成長といえば、君が時々散歩をするようになった。

散歩と言っても初めはほんとに3歩くらい歩いて戻ってくるという感じだった。

外に出るのが怖いのだろうか。

それとも家に帰れなくなることを心配しているのだろうか。

だが、日に日に歩く距離を増やして、今では近所の公園までは行けるようになった。

でも、いつも30分ほどで戻ってくる。

しばらく顔を見ないと、ボクがちゃんと家にいてくれているかが心配になってしまうらしい。

「なら、今度行く時は一緒に行こう。そばにいれば安心して遊べるでしょ?」と言ったら君は少し照れくさそうに小さくうなづいた。

そうは言っても君の表情の変化は小さく……いや、初めよりかはずっと、表情を持ってきていると思う。


ボクはいつからが気づいたんだと思う。

君は顔が笑っていなくても、ちゃんと心は笑えてるんだって。

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