第5話 山中に消ゆ

はじめに向かったのは農道。一台パトカーが先に止まっていた。


高村は脇道に車を止め降りて「お疲れ様です」と自分の身分を述べながら先客に声をかけた。

二人の刑事は、すでにこの農道は調べ終えており、若松翔の親の聞き取りも終わっている様子だ。翔はまだ見つからないと言った。

近くの草むらで定規が見つかり、名前に若松翔と記されていたことから、ここで連れ去られた可能性が高いとの見立てだ。

高村は県警の刑事から足跡を消さないようトンボ帰りを命令された。

県警仕事早いじゃないかと高村はパトカーに乗り込み、でも通行止めしていなかったからうっかり者だなと思いながら、Uターンしてその場を去った。




次に向かったのは町営住宅。


棟が多いので、どの棟だ、アパートではなかったのかと、右往左往していると背後から、呼び止められて梶美琴の母親と会うことができた。

母親の話を聞くと、美琴は普段から口数が少なかったが最近目に見えてふさぎ込んでいたらしい。

美琴が足を運ぶ場所に心当たりがないか確認すると、彼は習字で集中できないときに、よく近所の神社に足を運んで気分転換していたと言われた。

ただし、既に探し済で、神社には誰もいなかったそうだ。




念のため神社に足を踏み入れた。


高村は懐中電灯で照らしながら境内を歩く。

母親から聞いた通り、神社には誰もいなかった。

砂利道を歩きながら違和感を覚え止まる。

周辺をライトで照らし違和感の正体を探る。


キラリと一瞬何かが光った。

近寄りよく見るとそれは、学ランの鉄製ボタンだった。


美琴の物かわからない、ただ、奥田に遺留品があればそのままにしておけと指示されていたので、自分のスマホを持ち出し、証拠として写真を撮る。


余計な事はせず、あとはどこかでコーヒーを買って奥田に報告すればいい。

踵を返そうとしたときだった。


目の前に光る糸が横切った。


ボタンが落ちていた付近の地面から糸のような光が見えた。

風に舞うように光が空に軌跡を描いている。

注視しなければ、わからない程度の物だ。


光を目で追うと山手のほうで、さらに何かが光った。


闇に覆われた山地を凝視するとモールス信号のように中腹部で光が点滅している。

信号の意味は理解できなかったが遭難者かもしれない。


高村は迷ったが、パトカーに乗り込み、光を発信する場所へ向かった。

奥田に連絡を入れようかと思ったが戻ってこいと言われそうな気がしたので、連絡は途中でやめた。





20分ほどパトカーを走らせ、山間部まで移動した。

斜面に二軒隣り合う家が見える。

高村は公民館を見つけその近辺に車を止め、懐中電灯を点灯して道なりに歩き始めた。


うねる急な坂道を登りきると、階段が見えた。

上がったところに家がある。

新聞受けが階段前に設置してあり、荒川と記載してあった。

もしかしたら、隣が梶家だろうかと近寄って確認すると、梶フキ子と書かれたポストが入口にあった。


梶家の私道らしい砂利道をそっと通る。


光の糸が空に弧を描いていた。

何故これに誰も気づかないのかと思いながら、荒れた道を懐中電灯で照らし高村は夜の山を登る。


踏み分けたような跡があるので誰かが最近ここを上っていったのだろう。

遭難者だ、すぐ近くに民家があるというのに間抜けな奴だと思いながら高村は歩く。


この光はこの足跡の持ち主が振りまいた蛍光塗料か何かだろうか。


高村が息切れしながら山の中を進むと、懐中電灯をつけなくてもわかるほど明るくなっていたことに気が付く。


ひときわ明るいその先にあったのは、古びた社だった。


社の後ろが光っている。

仕組みはわからないが、誰もいないように思えた。


話に聞いた梶家の裏山の社。


これが過去、天罰や祟りを引き起こしたと言われている例のご神体の跡地だろう。

社の後ろから何か点灯しているのが分かる。大がかりないたずらだ、電源等どうしているのだろうかと訝しむ。


証拠写真を取って奥田に言っておくかと、スマホを向けた瞬間唐突にその光が消えた。


狼狽している高村の後ろから、強い発光。


振り向くと高村の後ろに何かが立ちふさがっていた。


それは、光り輝く阿修羅像のようだった。


光に慣れてきた高村は思わず蛙がつぶれたような声を発した。


阿修羅像と思った物は、中央に少女の、右に少年、左に青年の顔があり、体がいびつに同化しているように思えたからだ。

三人とも安らかに眠っているようだったが、それを見る高村の額から脂汗が流れ始める。

手が六本。下半身は黒い何かが覆っている。


高村は社を背後に後ずさる。

社の扉が音もなく開き中から白い手が伸びた。

悲鳴を上げる間もなく高村は引きずり倒された。


落ち葉が風に煽られ、社の前に落ちているバッグと懐中電灯を申し訳程度に隠した。


あたりは暗闇と静寂に包まれ、光は持ち主を失った懐中電灯のみ存在した。


ぽつんと残された小さな社。





それは、神とあがめられた何かをまつる墓石にしか見えなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『それは忘れ去られてしまうもの』 ゲレゲレ @geregerew

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ