第4話 警察は疑う

「若松さん落ち着いて下さい、ええ、はい、お子さんの名前は?『ショウ君』ですか?……ああ、失礼しました『ショウちゃん』ですね、分かりました、すでに二名警察官が向かっておりますので自宅でお待ち下さい、はい、我々が探しますので」


電話を切った若い警察官の男が溜息をつく。隣では上司が自分の携帯で何かを話している。

若い警察官は、高村豊たかむら ゆたか。娯楽もない辺鄙へんぴな田舎に飛ばされたものだと思った。


一緒にいるのは巡査部長の奥田益男おくだ ますお。そろそろ定年の頃合の警察官だ。白髪が目立つ。

この巡査部長、他の派出所に行くたびにこの町勤務に戻されているらしい。

何度もここに戻されるのなら、ここが最終左遷先なのかもしれないと高村は思った。


出世欲などないが、初めから期待されないのもむなしいと高村は感じる。

高村自身はこの町から三つ町を跨いだ先の市の出身だ。


田舎では滅多に事件は起こらない。

だから、この日二件も続けざまに捜索願いが出される事に目を白黒させていた。


「県警にも連絡済なのに派出所にも電話しますかね」

「ここに警察官いるんだから、見回り寄こせって事だろう…俺の方は友人だからこっちに直接きやがったが…さて、お前どう思う?」


ほら来た、と高村は内心うんざりとする。ここで自分の考えを言っても、言葉を遮られて、奥田の考えを押し付けられるだけだ。ここはもう巻かれしまった方が楽だと「奥田さんはどう思われますか?」と返す。

最後のオチは高村が見回りに行ってこいと言う事になるだろうと予想して。


「初め誘拐だと思ったが、誘拐なら何かしらの請求連絡がくるだろ?それが無い、二人ほぼ同時にって所は関連性があるだろうが、ただの誘拐じゃない気がするな」

オッサン推理小説の読みすぎなんじゃないのかと言う言葉は飲み込む。

隣近所が誰でどんな人間だと分かるほどの田舎だ。二人の若い人間が夜になっても家に帰らない。それだけで大事件なのだ。ここは夜遊びする場所などないのだから。


「一人は中学生だ。梶美琴。ここのババァと俺は友人だ、おとなしい坊ちゃんだよ。昔っから習字が得意で、女みてぇな見てくれだから体鍛えろって言ってんだけどな……」

「僕の受けた電話は小学生のお母さんですね、若松翔ちゃん、女の子らしいです」

「性別は違うが、見てくれは女って事だろうな」

「はあ……」

「ホシ変態だろうな、ロリコン野郎だ」

「……はぁ……」

まだ捜索も開始していないのに決めつける奥田に内心、実害のあるロリコンは悪だが、そうでない実在しない対象を愛でるロリコンは放置でいいじゃないかと高村は立腹する。


高村が時計を見ると午後9時を回りかけていた。


「小学生女子がこの時間まで何の連絡もなく家に帰らんのは気が気じゃねぇだろな」

そう言いながら奥田がテレビをつける。勤務中!と高村は心の中で叫ぶが、ニュースでは女性アナウンサーの右下に俳優の荒川正喜、失踪と言うテロップが出た。


またこのニュースか、有名人がちょっと何かをやると囃し立てる風潮はどうにかならないかと高村は舌打ちをする。


「なんだ高村、この俳優嫌いなのか?」

「俳優じゃなくてニュース全般がいやーな感じなんですよ、昔から」

「難儀な性格だな絶対目を通す情報なのに、この荒川って俳優はこの町出身だぞ」

「え?そうなんですか?」


奥田は煙草を探り高村の冷ややかな目線に気が付かないまま一服する。

「母方の祖母の住所出身だとか言ってるから世間的には知られてないけどな、ガキの頃は梶ババァの隣家に住んでたな。親と大ゲンカの末に家出上京して俳優になったらしい」


テロップには、人気漫画の実写映画続編、役者降板の文字が表示され、過去のPR映像が流れ始めた。


「家を放火されたってニュースも一時期流れていたな、有名人は大変なんだろうな……と言う事で……高村お前ちょっと見回り行ってこい」

まったく脈略の無い話の流れでパトロールを命令され高村は口を開く。

「何が『と言う事で』なんですか、いや……行きますけどね?」

「地図コピーしてやるからちょっと待ってろ」

奥田が地図を持ち出し、二か所コピーして、一枚の地図に蛍光ペンで線を引いていく。


「若松家はここだ。学校からこの家に至るまでの道がいくつかある。町道が近道と遠回りが二つ、農道から山林を経由する道がここ。」

「全部見てくるんですか?」

「県警が来るなら学校から町道方面の聞き込みをしているはずだ、農道の方で子供が側溝にはまってないか見回る程度でいい。遺留品とか見つけても勝手に持ち帰るんじゃねぇぞ、お前が犯人扱いになるからな、次に…」

奥田はコピーした別の地図に蛍光ペンで線を引く。


「梶のババァの孫なんだが、ここの家族はババァと同居していない。子、孫はアパート住まいだ。ババァんちは山手だからな。こっちは県警に届け出してないらしいから、俺が本当は話聞いてやった方がいいんだろうが……聞き込みの勉強だと思ってついでに行ってこい。梶美琴が通う中学は小学校の近くだ、アパートここだったな、梶って名字はこの町じゃ二つしかないから迷うことはないだろう」


奥田が一直線に道を結んだ線の途中の見慣れないマークが気になった。


「神社があるんですね」

「なんだ行ったことないのか?縁結びの神だ、寄って彼女下さいって祈願してもいいぞ」

「彼女なんかいりませんよ、心の嫁がいますから」

高村は二次元キャラに愛を注いでいることを奥田に言っている、縁談を持ち込まれた結果言わざる得なかったからだ。

カムフラージュではなく学生のころから高村はその趣味を持っているが恥じてはいない。


「現代病だよな…飯も作らねェ架空の嫁って役に立たんだろ……」

「心のうるおいにはなります、喧嘩もしませんし、本当の嫁が欲しいなら街コンありますからその日に休めるなら行きますよ、この間の非番交代の代休はいつですか?」

痛い所をつかれた奥田が無言で煙草をもみ消す。

「……すまん…確かに現実はババァになるばかりで、潤いどころかカッサカサで怒りっぽい……お前の方が合理的かもなぁ……」

「また奥さんと喧嘩したんですか?」


奥田の妻はたまに、派出所に来て高村におすそ分けと和菓子などをくれることがある。

温厚に見え和服が似合う上品な人だが、妻がいる前では奥田は黙り込んでしまう。

「……そういや、この神社の他にも実は古い神社があったのは今の若い奴は知らんだろう?梶ババァの家の近くだったかなぁ?」

話を逸らすように地図をめくり指をさす。梶と表記された隣に荒川と表記があった。


その二軒の家の背後は山林なのだろう。

奥田の情報は聞いていて損はない。聞き込みに行くと誰の事を言っているのか何を言っているか、訛りや風習に慣れていないとすぐに分からなくなるからだ。

市と町とでは独特な訛りの違いの問題もあり事前知識がないとヒアリングがつらい。


「過疎を理由に神社は街に移転した、元の社はたまに神主が手入れをしているらしいが、山道側の土砂崩れの影響で今は通行止めだ。道路整備は人が滅多に通らない道まで今は手が回らないからな……今行きたいならババアの私道使うしかねぇかな?この社は曰くがあってな……」

「曰く?呪いかなんかですか?」

オカルトじみた話は高村が好む物だ。現実のニュースは嫌いだが非現実の話には食いつきが良い。奥田が苦笑しながら話し出す。


「ここの神社は縁結びの他に山神と水神も兼ねていてな、街に持って行ったのが何故か縁結びの神のご神体だけ。その後、神主の家に雷が落ち、水害発生。雷は尋常じゃねぇ神様の天罰だ祟りだ言われたな。この話の詳細がわかるのは、社付近に住んでるの梶のババァと荒川くらいだが、荒川の旦那はもう亡くなってるし、その当時のこと語れるには梶のババァくらいだろう。気になるなら話聞きに行ってみな」


「ふうん…それは後日考えますが、でもなんでその曰くつきの場所の近くに住むんですかね」

「墓があるからだよ。今は、親の遺骨すら葬儀終わったら置き場所がねぇって電車の中に置き去りにする不届き物がいるくらいだが……ご先祖様がいるから俺たちゃ生まれたんだ……墓の手入れくらいするのが普通だ」


御先祖様が負債作ったから自分たちは借金背負って生まれていると自覚すると、先祖に感謝する人の方が少ないだろうな、とは思っていても高村は口にしない。


「じゃ、パトロール行ってきます」

「分かった、あ、ブラック頼む、お前も好きなもの飲んどけ」

奥田が投げた五百円玉を高村は受け取る。

「代休いつ取るか帰ったら教えろよ」

「了解しました」


高村はパトカーに乗り目的地へ走り出した。

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