第8話
「……えっと、ご主人様はカムラ様で、ベルクトさんで、本当はユニティア様、です?」
これまでの話で出てきた名前を思い出しながら、数えるようにして指を折ってそう聞いてきたランに僕は頷く。
隣でランのそんな様子を見ていたセイラは暫し口を閉ざしてから、目を細めて何かを思い出すような表情を浮かべる。
「『遺跡商人カムラ・レイベルグ。五従士と共に各地の未踏破遺跡を踏破し、そこに眠る遺産と希少な魔物の素材によって莫大な財を築いた者。彼・彼女は年齢不詳で性別不詳だったという』。本当に、この通りでしたか」
「……何その解説」
「ご主人様の――カムラ様時代のことについて書かれた本にはそんな風に書かれてたので」
「……本に、そんな風に書かれてるんだ」
何となく遠い目をして窓の外を見る。
特に性別は隠してもいなかったのに不詳になっているんだろう……。
いや、きっと見た目のせいだろう。
分かっている、分かっている。
そろそろ現実を直視するべき時が来たんだ……、なんて変な思考をしていた所でセイラは得心がいったとばかりにこう続ける。
「性別不詳についてはよく分かりませんが、年齢不詳についてはエルフであったとすればたしかに納得のできることではあります」
「エルフはすっごい長生きだってボクも知ってるです!」
「流石にランもそれくらいは知っていましたか」
「……セイラがバカにしてくるです」
セイラにしてみれば馬鹿にするというより、ちょっとからかってみた程度のものなのだろうが口調や表情が冷めているためにそう聞こえてしまっているのだろう。
これも指摘するのは少しばかり可哀想かなと思って苦笑していると、ランはいじけた様な顔から一転して明るい顔を僕に向ける。
「ご主人様、ご主人様!」
「どうしたの?」
「エルフはすっごい長生な上に、戦うのも得意って聞いたことがあるのです!」
「長い時の中で研鑽された魔法や武術は洗練されて美しささえ感じる、とまで言われる程ですからね」
「……そうなのです?」
戦うのが得意、としか聞かされたことが無かったのかセイラの言葉に首を傾げたランは僕に疑問の視線を向けてくる。
隣にいるセイラに直接聞かないのはまたからかわれるのを避けるためかな……、いや、多分たまたまかな?
ランは天然そうな所があるし。
それがまた可愛いくはあるんだけど。
「まぁ、そうだね。エルフの作る魔法の基礎回路は他の種族の物に比べてかなり細かく作られてることが多いから、魔法に通じる人なんかがそう評価するのもおかしくはないね。武術の方はどうなんだろう……。あぁ、でもアファルティ聖教国の聖堂騎士団長とかはすごい綺麗な戦い方はするね。あのレベルまでにはいかないにせよ、それなりの美しさはあるの……かな?」
武術について頭に思い浮かべたのはアファルティ聖教国という五つの宗教が寄り集まって国にまで発展した地、そこに存在する聖堂騎士団の団長。
聖堂騎士団自体は『イディシエル=アルテ』を信奉する『アルテ教』と、『ヴァレクティ=ファルファ』を信奉する『ファルファ教』で二つが存在するが、僕が思い浮かべていた団長はファルファ教の団長である。
彼女もまたエルフであり、その剣捌きは尋常では無かった。
少々性格に難はあるものの、それすら霞むほど彼女の武威は凄まじいものだった。
あのレベルの強さと美しさを要求されているとすればちょっと厳しいが、少しランクを落とした程度なら僕でもできる。
「へー!ならご主人様にお願いがあるです!」
「ちょ、ちょっとラン」
僕の返答によってランが身を乗り出して“お願い”をしたことにセイラは慌てて止めに入ろうとする。
普通であれば奴隷が主人に対して“お願い”などするべきでは無い、というのをセイラは理解しているのだろう。
他の一般的な奴隷の主人と比べて、いくら僕が緩いとしても流石にその行動は慎むべきだ、と言わんばかりの顔でランを引っ張るセイラ。
「大丈夫だよ、セイラ。言ったでしょ、僕たちはある意味では家族みたいなものだって。だから、“お願い”程度じゃ僕は怒ったりしないよ」
安心させるように二人に笑い掛けてから、それでどうしたの?とランに尋ねる。
僕の先を促す言葉にランはこう口にする。
「ご主人様、ボク魔法が上手になりたいです!だから色々教えて欲しいのです!」
屈託の無い笑顔でそう言ったランに続けて、先程から難しい顔をしていたはずのセイラも口を開いて。
「……その、宜しければ、私も」
珍しく小さな声でセイラもランの“お願い”に便乗していた。
そんな二人の“お願い”に対して僕は笑顔で答えることにする。
「――僕でよければ」
短い言葉で肯定の意思を示した僕は二人の反応を窺う。
その瞬間の二人の喜びようと言ったら。
「――やったー!やったのです!」
「……やった」
ランは隣のセイラに抱き着いて嬉しさ全開といった感じで。
セイラはそんなランの行動を嫌がることなく受け入れ、ほんの僅かに喜びの表情を浮かべていた。
あまり表情が豊かでは無い分、おそらくはセイラはとても上機嫌なのだろう。
尻尾も揺れているし。
そんな二人の様子にちょっと微笑ましいものを感じつつも、一つ手を叩いて注意を引く。
「――二人には魔法を教えてあげる。でも、その前に色々確認したいこともあるし、まず最初は常識的な所から教えていく感じでいいかな?」
「――はいです!」
「――分かりました」
元気いっぱいな声と、落ち着きつつもはっきりとした声に僕は頷いて、二人がどの程度の常識を得ているのかの確認の意味も込めて早速この世界について教えることにした――。
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