第7話

「……さて、二人とも、僕に聞きたい事があるんじゃない?」


 僕のその言葉にセイラは何やら考え込む様子を見せたが、ランはそんなセイラを無視して勢いよく質問をしてくる。


「ご主人様は本当にあの“カムラ”さんなのですか」


 シュタッと右手を上げながら質問をしたランを、セイラは『少しは考えてから質問をしろ』といった目をしながら見ていたが、セイラ自身も気になっていた事だったのか特に何も言わずに僕の回答を待っている。


「……二人がどの“カムラ”の事を言っているのかは分からないけど、遺跡を踏破してそこに潜む魔物の素材と宝を売り捌いた、『遺跡商人のカムラ』なら僕の事で間違いないよ」

「それです!その“カムラ”さんなのです!ボク、ずっと会ってみたかったのです!」

「……えーと、どうして?」


 憧れで目を輝かせて、僕に会ってみたかったと言うランにその理由を尋ねてみる。

 何となくの予想であった、亜人の間でも物語が人気だったから、というのではイマイチ納得が出来なかったのだ。


「ボクが生まれる前、ママたちの村を苦しめていた悪い魔物さんを倒したって聞いたからです!すっごく強かった魔物さんを簡単に倒してしまうカムラさんはボクの中で英雄なのですよ!」


 尻尾をフリフリ、勢い込んで僕に迫って来るような体勢になったランに若干気圧されつつも、僕は「そ、そうなんだ」と言う事しか出来ない。

 ……正直に言って、カムラの名前を名乗っていた時は色々と各地でやらかしていたので、細かい事まで全部覚えていないのだ。

 そう言われるとそんな事もあったかもね!くらいでしかないのだ。

 ランの憧れを壊してしまうようで申し訳ないが、覚えてない。

 ごめんね。

 そんな気持ちを込めて、近くに来ていたランの頭を撫でて、僕はセイラの方に目を向ける。

 セイラがカムラという名前に反応していたのはランと同じような理由なのだろうか。

 僕の考えている事を理解したのか、セイラは僕が何も言わなかったのにも関わらず、一つ頷いて理由を話してくれる。


「はい、お恥ずかしながら私もこの子と同じような理由になります。私の場合は親がカムラ様――ご主人様が私たちの同族の負えないような魔物を倒すのを実際に見て、敬意を表するに値する人物と聞き及んでいたから、になりますね」


 どんな種族であったとしても実力のある者は評価せよ、というのが同族では言われていた事なので親の話ではよく話題に上がっていました、とセイラは付け足す。

 ふーん、セイラもランと同じような理由なんだなぁ、と考えていたところで、突然ランがセイラに食って掛かる。


「だから、『あの子』じゃなくて、ボクの名前はランです!」

「……別に呼び方なんて何でもいいじゃないですか」

「よくないのです!前から一緒に居て、これからはご主人様の元で一緒に過ごすのに『あの子』呼ばわりはひどいのです!」

「……面倒ね」


 他人行儀な呼び方をされるのが嫌なのか熱弁をふるうランに対して、セイラは鬱陶しそうにして短く答えるだけだ。

 多分だけれど、オークションに賭けられる前に、希少種は希少種で集められ、そこで二人は一緒になって少しは話した事があったのだろう。

 だが、セイラはここまでの様子を見てみると、人付き合いはあまり上手であるとは言えなさそうで、ランの事を名前で呼ばずに『貴女』とかで呼んでいたと予想できた。

 僕としてはランの言い分に一理あると思っているので、セイラにきつい口調にならないように注意しながら説得をすることにする。


「セイラ、そうやって自分の考えにだけ拘って意固地になるのは良くないよ?世の中にはいろいろな考えを持つ人がいて、その考えを汲んであげる事が大事なんだ。その全部を理解しろ、なんていうつもりはないけど、理解の出来るものは自分の心と折り合いをつけて表に――行動で示してあげる事で多くの人と分かり合う事ができる。セイラはそれを必要のない事、なんて言うかもしれないけれど、その理解と分かり合いが自分の視野を広げる事に繋がってくることもあるんだっていうのを覚えてて欲しい。……っと、何か説教臭くなっちゃったね、ごめん」


 きつい口調にならないようにしたが、如何にも説教の様な感じになってしまった事に喋った後になって気付いた僕はセイラに謝る。

 頭を軽く下げた僕にセイラはわたわたと手を動かして首を横に振る。


「ご、ご主人様が謝るような事では……。……でも、そう、ですね、私も多分意固地になっていました。……ラン、これで満足ですか」

「うん!ありがとうセイラ!」

「……別に私は何も」


 主人である僕に注意されたのが効いたのか、はたまた尊敬するカムラからの言葉というのが効いたのか分からないが、セイラはランを名前で呼ぶことにしてあげたみたいだ。

 うん、仲が良いのが一番。

 セイラに名前を呼んでもらえて嬉しそうにしていたランは、僕の方を向いてペコリと頭を下げる。


「ご主人様、ボクのワガママに付き合わせてしまってごめんなさいです。ボクがもっと上手くセイラを説得できれば……」


 お礼を言いつつも少しばかりシュンとした様子のランの頭に手を乗せて僕は笑いかける。


「気にしなくていいんだよ。僕も二人には仲良くしてほしいと思っていたからね。その為の我儘なら幾らでも付き合うよ」

「――はいです!」


 元気よく返事をしたランの笑顔に頷いて、僕は話を先に進める。

 まだ他にも聞きたい事があるのだろう、セイラが何か言いたげな顔をしていたのに気付いたのだ。


「セイラ、他に聞きたい事があるんじゃない?」

「……では、そうですね。ご主人様がこの宿に泊まる為に台帳に記入をしていましたが、その際に『ベルクト』という名前で呼ばれていたのはどういう事でしょうか」

「うーん、そうだなぁ……」


 理由を教える事に関しては特に問題はないのだが、どの程度の範囲まで教えたものか。

 僅かに言い淀んだ僕の様子を見て、セイラは聞いてはいけないようなことを聞いてしまったのかもしれない、と考えたのか焦った様な顔をしていたので安心させる為にランにしてあげたように頭を撫でてやる。

 セイラの頭を撫でながら、これからそれなりに長い付き合いになるだろう二人の事を考えた結果、僕はある程度の事情を離してしまう事を決める。


「……そうだね、二人ともこれから話す事は他の人には言ってはいけないよ?それが約束できる?」

「勿論です!ボクは絶対に言わないです!」


 僕の言葉にランは元気よくそう答えてくれたが、セイラは平坦な口調で言葉を紡ぐ。


「――“約束”、などと言わずに主人として“命令”をしてしまえばいいのではないですか?」


 口約束などという不確かなものを交わすくらいならば、奴隷が決して反抗することの出来ない命令をする事をすればいいのではないか。

 どうしてわざわざ破られてしまう可能性のある約束の方を使うのか。

 セイラが言いたいのはそんな所だろう。

 その言い分は分かるが、僕としては――他の奴隷を持つ主人はどうかは知らないが――奴隷と主人はある意味では家族と同じだと思っている。

 多くの時を近くで過ごし、思い出を共有する。

 ある時は同じ食べ物を食べ、同じ場所で寝る。

 それぞれの扱いによってはそんな事は起こりえないのかもしれないが、僕は奴隷とそうして過ごしてきた。

 だからこそ、僕は主人としての命令としてではなくて、家族としての約束としてこの秘密を守ってほしいとそう思うのだ。


「――そんな所、かな」


 何となく気恥ずかしくはあったが、僕はそう言ってセイラの反応を窺う。

 ここまで言っておいて、「私は家族とか嫌です」とか言われたら精神的にかなりダメージを受けるのだが……。

 セイラは理由を聞いて暫くは驚いたような顔をしていたが、直ぐにいつもの――まだ出会って少ししか経っていないが――冷然とした顔に戻り、了解の意思を口にする。


「ご主人様の考えは分かりました。私も、できる限りその考えに沿えるようにしたいと思います」

「ありがとう、セイラ」


 理解の色を示したセイラを見て、話を進めようと思ったのだが、先程までは元気な様子だったランが何処か思いつめたような顔をしているのに気付いて声を掛ける。


「……ラン、どうかした?」

「……あ、ご主人様。……えと、何でもないです、大丈夫です」

「……そっか。言いたくない時は無理に言わなくてもいいからね」


 不自然に落ち込んだ様子を見せるランが心配になったが、本人がこう言っている以上、今は話す気はないのだろう。

 ……いつか話してくれるようになったら、その時は全力で助けてあげよう。

 そう心の片隅で考えて、僕は二人に秘密の一つを打ち明ける。

 ランとセイラ、二人の元に顔を寄せる。

 ランは物事を長く引き摺らない性格のせいか今はもう思いつめたような顔ではなくなっており、セイラは澄ました顔をしているが、その瞳には僅かな好奇心が見て取れた。

 僕たち以外いないあまり大きいとは言えない宿屋の部屋の中、僕は声を潜め、自分に掛けてある魔法を解除しながら、こう言う。


「――僕はね、実は“エルフ”なんだ」


 薄緑金の長髪から飛び出した長い耳、エルフという種族のあまりにも分かり易い証。


「だから、人の世界で生きていく以上、多くの名前を持っている。それは“カムラ”であり、“ベルクト”でもある。これが答えだよ。……あぁ、それと僕の本名を言っていなかったね」


 今日一番の驚きなのか、口を開いたまま黙って何も言わない二人に軽く笑いかけながら僕は二人に対してようやく自己紹介をする。


「――僕はユニティア。一応は、物好きなエルフの商人だよ」

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