第6話

 中央広場から離れて近くにあった服屋に入った僕たち。


「いらっしゃいませ」


 何となく職人気質で気難しそうな店主が、カウンターの奥からこちらを見てそう言ってくる。

 視線は僕から、後ろに立つランとセイラに移り、嫌そうにフンと鼻を鳴らしている。

 ……やっぱりこういった差別的態度は何処に行っても存在する。

 偽善的と言われるかもしれないが、それをどうにかできたら良いとは考えているが……そう上手くはいかないのが現実である。

 まぁ、嫌そうにしていても、商品は売ってくれるのならそれでいい。

 差別の酷い所ならば亜人は入店すらさせてくれない、なんて事もザラなのでまだマシとも言える。

 店の中を見渡して、子供用の服が並んでいる棚を見つけた僕はランとセイラの二人を伴って「この中で気に入った物を選んでいいよ」と言ってやる。


「どれでもいいのです?」

「本当に私たちが選んでいいのでしょうか」


 注意深くそんな風に確認の言葉を主人である僕に言ってきた二人に、僕は苦笑しながら「いいよ」と言ってやる。

 それでようやく安心したのか二人は服の物色を始める。

 亜人に品物を自由に触られるのはどうなんだろうか、と店主の様子を覗き見れば嫌そうな顔をしてはいるものの文句は言ってこなさそうなので気にしない事にする。

 それからは二人が服を選ぶ様子を眺めていたのだが、なかなかに時間が掛かりそうだったので僕は二人用の靴を選ぶことにする。

 今の二人は足に怪我をしているので実際に履いてみてサイズを確かめる、というのは流石に拒否されるだろう、と考えたからだ。

 では履かせても見ないでどうやってサイズを確かめるのかと言われるかもしれないが、それにぴったりのスキルを僕は持っているのだ。

 僕は二人の足元に意図的に意識を向け、そこだけを注視する。

 すると、細かな情報が頭に流れ込んでくる。


「ランは二〇.五、セイラは二〇、か」


 他にもどこの怪我が一番重症か、治癒率など余分な情報が流れ込んでくるが、今はそれは必要としていないのでシャットアウト。 

 何にせよ、こういった情報を得る事が可能な便利スキル、【情報看破】によって僕は二人の足のサイズを測ると二人に似合う靴を選ぶ事にする。

 ……結局、僕が靴を選ぶよりも二人の服選びの方が時間が掛かった、とだけ言っておく。

 店主に服と靴、それから下着をそれぞれ別の紙袋に詰め込んでもらい、僕たちはシアさんに紹介された『空色』に向かって歩いている。

 服と靴を買ってあげたらすぐにでも着替えたい、と言っていた二人だったが、少しやっておきたい事もあったので宿屋に着くまでは我慢してもらった。

 オークションが行われていた時よりはこの通りの人の数も減ってはいるが、やはりまだその数は多い。

 後ろの二人がはぐれてしまわないように注意をしながら歩いて、『空色』にまでやって来る。

 見た目は白色をベースにした落ち着いた色合いの建物で、見た感じ三階まであるようだ。

 宿の値段とかよりも、僕としては亜人を泊まらせてくれるのかどうかだけが心配である。

 ……ま、いくら悩んでても実際に聞いてみない事には分からないよな。

 僕は軽く首を振って宿屋『空色』に入っていく。

 その後をランは小走りで、セイラは早足で追いかけてくる。

 店内に入ってみると、昼時と言う事で客の姿が殆どない(この宿屋には食事サービスが無いため人が今はいないだけだろう)為か、カウンターらしき場所に誰も立っておらず、僕は奥にある扉に向かって声を掛ける。


「すみませーん」

「――はいよー」


 僕の声に返事をしながら扉から現れたのは恰幅のいいおばちゃんだった。

 僕よりも横も縦も長い女将さんは物珍しげな様子で僕たちを見てくる。


「それで……お客さんかい?」

「えぇ、この娘たちも含めて泊まりたいのですが」

「……へぇ、随分と可愛いらしいお客さんたちだこと。一泊千五百メルだよ。これは一部屋借りた時だからね?もう一部屋借りるなら千五百メルずつ増えてくよ」


 そう説明してくれる女将さんの目に亜人を差別するような色は無い。

 どうやら、亜人でもここは金さえ出せば泊める事に問題はないらしく、僕はこの宿屋を紹介してくれたシアさんに感謝しつつ千五百メルをカウンターの上に置く。


「これで一泊お願いします。部屋は同じで構いません」

「あいよ。それじゃ、ここに名前を書いてくれるかい」

「分かりました」


 僕はカウンターの上に置かれた台帳に名前を書く。


「……“ベルクト”さん、ね。それじゃこれが部屋の鍵だよ。部屋は二階にある二〇二ってところだから間違えるんじゃないよ」


 女将さんから鍵を受け取った僕は、“カムラ”ではない別の名前を聞いて不思議そうな顔を浮かべているランとセイラの背中を押して二階にある部屋に向かう。

 二階に上がった左から二番目の部屋が二〇二らしく、僕は鍵を使ってドアを開け、二人が中には入ったのを確認してから自分も中に入り鍵を閉める。

 さっきから何か言いたそうにしている二人に笑いかけて、僕は二人にベッドに腰を掛ける様に促す。


「取りあえず、聞きたい事もあるだろうけどそこに腰掛けて」

「……はいです」

「分かりました」


 二人がベッドに座ったのを見届けて、僕は屈み込んでまずはランの足を優しく手に取る。


「……ご主人様どうしたのです?」


 足を触られて少しくすぐったそうにして、何をしているのかと問い掛けてくるランの言葉に僕は魔法でもって答える。


「――〈癒しよヒール〉」

「――わぁ」

「――す、すごい……」


 僕の魔法は詠唱を必要とせずに、極短い単語だけで発動し、ランの怪我をして傷ついていた足を緑の柔らかな光によって癒していく。

 自分の怪我が僅かな間に消えていくその光景に感嘆の声を上げて、ランは大きな目を更に大きくしている。


「次はセイラの番だよ」

「……えっ、あっ、はい!」


 ランの傷が無くなった足を見つめていたセイラに声を掛け、僕は同じようにして傷を癒してやる。


「……これでいいかな」


 僕は軽く一息吐いて立ち上がり、二人に着替えをするように言ってから部屋を出ていく。

 部屋を出る前に鍵を閉めるように言ってから。

 ……いくら子供とは言え、着替えをまじまじと見るのはどうかと思うのですよ、僕は。

 部屋のドアの前で待つこと数分。

 ドアの鍵が内側から開く音がし、少しだけドアを開けて隙間から外を窺うようにしてセイラが顔を覗かせる。


「……ご主人様、着替え終わりましたので、部屋の中にどうぞ」


 セイラの開けてくれたドアから再び部屋の中に入ると、実に可愛らしい二人の幼女が立っていた。

 まずはラン。

 ランが選んだ服はほんの僅かにピンク色をしたワイシャツの上に黒色のベスト、同じく黒色のふくらみを持たせたショートパンツ、そして白のハイソックスに僕の選んだハーフブーツ。

 柔らかな少し内にカールする癖のついた金髪に可愛らしい狐耳、人懐っこさを滲ませる赤の大きな瞳、ふさふさの金の尻尾。

 快活さと可愛らしさがマッチしていて素晴らしい。

 次はセイラ。

 セイラはシンプルな白色のブラウスに濃紺色のロングスカート、靴はランと同じく僕が選んだブーツ。

 シンプルではあるのだが、それがセイラにはよく似合っている。

 氷のような透明感のある癖の全くない青銀の髪、深海の如き色の瞳、ランよりは細めの尻尾と狐耳。

 怜悧な印象と冷たさを感じさせるセイラを、シンプルでいて可愛らしい服装が柔らかく見せている。


「……うん、二人ともよく似合っているよ」


 僕はそう言って二人の頭を撫でてやる。


「……えへぇ」

「……あ、ありがとうございます」


 二人の反応と髪の感触を楽しんでから、二人には傷を癒した時と同じようにベッドに腰掛ける様に言って、僕自身は備え付けられている簡素な作りの椅子に腰かける。

 こうして時間も取れたのだから、二人が聞きたい事に答えてあげようと思ったのだ。

 色々と気になったこともあっただろうしね。

 これから何が起こるのか分からないのか、二人はベッドに腰掛けたまま落ち着かなそうにしている。

 この時にも二人の性格的なものが分かり易く表れている。

 ランは指先を合わせたり、首を少し傾げたりと、見ただけで落ち着かない、というのが見て取れる。

 セイラは精神的な動揺を抑える事が得意なのか、視線が若干関係ない所に向く程度で、ランの様な分かり易さはない。

 二人の様子を見ているのも面白かったが、そのままにしておくのも可哀想なので僕は単刀直入に言う事にする。


「……さて、二人とも、僕に聞きたい事があるんじゃない?」

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