第5話
「では、次は私の番ですね。奴隷契約の方を結ばせていただきたいと思います」
そう言ってパーシクルは幼女二人の首元に赤い液体の詰まった注射器を当てると、極微小な針を少女特有の柔らかな肌に突き刺す。
針は微笑とはいえ、首元に走るその痛みに二人は顔を顰める。
注射器の中に詰まった赤い液体が二人の体内に取り込まれ、全てがなくなった所でパーシクルは二人から離れて僕に視線を向けてくる。
僕は軽く頷いて、二人の先程針が刺さっていた場所――僅かに血の滲む傷口に手を当てて魔力を流し込む。
するとその傷口から首回りをぐるっと一周するようにして赤黒い帯の様な形をした痣が肌に浮かび上がる。
よく見ればその帯は小さな文字が寄せ集まったもので、これが首元にある事が奴隷である事の証となっている。
その文字が、一体何を示しているのかは今のところ分かってはいないが――使用された赤い液体が何であるのかは知っている。
あれは『契り血』と呼ばれるものであり、僕の所属しているエヴァンジェリン商会だけが販売を行っているものだ。
何らかの生物の血を、霊山と名高いガリダルケの山頂で聖別した聖水――『天の雫』とも呼ばれるもので希釈したもの……と思われる。
僕もそこまで詳しい製法については知らないので、あくまでもそうであろう、という予想ではあるが。
その契り血であるが、それを体内に取り込んだ者は第三者の魔力を認識する事で隷属の呪いを受けることになる。
隷属の呪いを受けた者は、魔力を流した主人の命令に逆らう事は出来なくなり、背こうものなら血が沸騰するかのような痛みを受ける事となる、らしい。
そしてこの隷属魔法は、主人が死亡したとしても呪い自体は消えることなく、また新しき登録者である主人の現れを待つ、という特性がある。
では正式な解呪方法は何かと言えば、神に愛された聖都として名高いアファルティ聖教国でお布施によって聖女や聖人から首回りの痣を治癒されることで解呪が成される。
それ以外での解呪方法は存在しないとされ、長年世界を旅した僕でも例外は聞いたことがない。
これが奴隷契約――隷属魔法とも呼ばれるものの内容と、それを行うために使用される媒介の詳細。
二人の首回りの様子を確認してから、奴隷契約がきちんと発動しているのを確認し、パーシクルは二人の腕と足に取り付けていた枷を外していく。
「では、これで取引は成立しました。後の事はカムラ様のお心次第です」
そう言って枷を回収したパーシクルは一礼してから立ち去ろうとし、最後にこう付け加える。
「――ギテムの街にお越しの際は是非私の店までお越しください。最高のおもてなしをさせていただきますよ。その時には詳しくカムラ様のお話を聞きたいものです。では」
「えぇ、その時は」
軽く微笑んだ僕を照れたように見てからパーシクルは離れていく。
周囲の人間も取引が滞りなく終了したのをどこか残念そうにしながら離れていき、残ったのは僅かな数人。
おそらくこの数人は僕がカムラと知って、何かを聞こうとして残ったのだろうけど、生憎の所構ってあげることはできない。
だって忙しいからね!(棒読み)
さて、問題はこの二人をどうするかなのだけど。
まずはこのぼろ布みたいな服装をどうにかしないといけないよなぁ、と僕が考えていると黄金の髪の幼女が勢いよく近寄って来る。
「――ボクはラン、ランと言います!カムラ様――ご主人様!!」
元気よくそう言ってきた黄金の髪の幼女――ランに少し僕は驚いてしまう。
なんで奴隷になってしまったのにこんなに嬉しそうなのだろうか。
僕がカムラだと知ってからこんな様子だ。
もしかしなくても僕の(若干脚色された)物語でも読んで憧れたのかもしれない。
亜人にまで人気だったとは知らなかったが。
「う、うん。よろしくね」
「はいです!」
屈託のない笑みで返事をするランの頭を何となく僕は軽く撫でてやる。
僕よりも身長が低いために、撫でる事に不自由はない。
そう言えば昔のこうしてよく獣人の子の頭を撫でていたのだけど、彼らは元気にしているのかな……?
そんなことをぼんやりと考えながらランの頭を撫でていると、彼女は嬉しそうに目を細めてより一層笑みを深める。
「えへへぇ……」
うん、可愛い。
「――その、宜しいでしょうか?」
ランの頭を撫でて和んでいた僕にそう言ってきたのはもう一人の狐の亜人の幼女。
青銀の髪を揺らして綺麗に一礼をしたその娘は丁寧な口調で名前を名乗る。
「私はセイラ。お聞きの通り禍白狐に連なる者、です――ご主人様」
この娘はセイラというらしい。
身に纏う雰囲気がステージ上にいた時と違って、何処かやる気に満ち溢れているように見えるのは気のせいだろうか。
……やっぱり亜人にもカムラの物語は人気なのかもしれない。
二人とも尻尾が左右に揺れているし。
「うん、セイラもよろしくね」
「――はいっ!」
僕に名前を呼ばれたセイラは一瞬瞠目した後、少しばかり大きな声で返事をする。
対してランは不満そうに頬を膨らましてセイラの方を睨んでいる。
自分だけ名前を呼ばれていないことに不満を覚えているみたいで、そんな様子のランもまた可愛らしい。
「……ラン、そんな顔をするものじゃないよ。ランは笑っている方が可愛いと僕は思うよ?」
「……!」
無言で満開の笑顔を咲かせるランに、今度は逆に冷たい表情をしたセイラ。
そんなセイラの頭を撫でて僕はこれからの予定を二人に伝える。
「これから二人の服を買ってから、今日の宿をとろうか。その後は食事で」
「はいです!」
「はい、問題ありません」
二人から肯定の返事をもらった僕は、この街にある服屋に向かったのだった。
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