第4話

 僕の目の前には二人の少女――あぁ、まだ見た目も年齢的にも幼女だが――がいる。

 そう、奴隷として売りに出されていた狐の獣人の二人だ。

 黄金の髪の幼女は沈んだ表情で、青銀の髪の幼女の表情は相変わらず虚ろだ。

 結局、そんな黄金の髪の幼女の様子があまりにも心を突き刺すものだから、思わず最高額で入札してしまった。

 ……どうやらいつになっても僕は学ばないらしい。

 前――かなり前だが――もこんなような事があったはずなのに、同じことを繰り返してしまうとは。

 自らを責める罪悪感からは逃れようとしても逃れられないものなのかもしれない。

 心の何処かではそれは分かっていたはずなのに、見ないフリしていた結果がこれだ。

 ……まぁ、だとしても。

 この二人を助けたという事で良しとしよう。

 言っておくけれど、僕はこの二人に、他の入札者が購入後に行おうとしていた酷い事――その内容はご想像にお任せするが、分かってもらえるだろう――をするつもりはない。

 そう、邪な考えはない。

 本当だからね?

 そんな風に僕が心の中でやってしまった事に対して自嘲していると、二人を商品として取り扱っていたパーシクルが近付いてくる。


「この度は落札おめでとうございます。さて、早速で悪いのですが代金のお支払いと奴隷契約を結びたいのですが、宜しいですか?」


 強面な顔を笑顔にして話し掛けてくるのだが、なかなか怖い。

 ……ま、支払いに関してはそれなりにするが、払う事は可能だ。


「えぇ、勿論。支払いは――」


「その前に一つ確認したい事があるのですが宜しいでしょうか」


 僕の言葉を遮ってそう言ってきたパーシクル。


「?」


 何か問題でもあったのだろうか?

 もしかしたら、奴隷取引の際の新しいルールでもできたのだろうか。

 僕は殆ど奴隷を買わないし、最後にした取引もかなり前の事なので、そこから何か変更点があったとしても分からない。

 やっぱり情報収集はそれなりに行っていた方が良いようだ。

 それで一体、パーシクルの確認したい事とは何なのだろう。


「それで、確認したい事、とは?」


「――失礼ですが、お顔を確認させていただきたく」


 顔の確認?

 それに何の意味が――。


「私としても取引相手がどのような方なのか見ておきたいもので。信用に足る人物なのかどうかを――」


 ……ふむ。

 成る程、パーシクルの言いたい事は理解できた。

 つまり、客の顔を見る事で支払いをきちんとする人物かどうか見ようという事か。

 後日払うなどと言っておいて払わないとなると困るし、客が商品に手を付けていなくとも――奴隷契約をしていない状態で消えたとしても――別の客をまた探さなければならない手間がかかって面倒だ。

 だからこその、パーシクルの商人としての目を使った確認。

 まぁ、僕が払えない時の別の客を探す手間は今回に限ってはそうそう掛からないだろうが。

 周りをチラと見れば、遠巻きに此方を眺めるオークション参加者たちがいる。

 彼らは僕が金を払えないとなった時に代わりに購入しようとでも考えているのだろうから。

 或いは、二千万メルという大金を払うような人物が、フードを被った子供の様な体格なので不審に思って、その顔を拝んでやろうと思っているだけかもしれないが。

 何にせよ、僕も商人の端くれだから金額分は当然払うつもりだし、顔を見せても困る様な事は――まぁ、多分大丈夫。

 多分ね……。


「構いませんよ。……これでいいですか?」


「……っ!?」


 目深に被っていたフードを脱いで、顔を晒した僕を見て、パーシクルは驚いた表情を浮かべている。

 幼女二人も困惑の色を浮かべているが、青銀の髪の幼女のそれはかなり薄めで、黄金の髪の幼女はかなり強めだ。

 周りのギャラリーも驚愕の表情だ。

『え?こんな美少女が幼女奴隷を買うのか?』といった感じの驚きだ。

 ちょっと面白い。

 さて、自分で言って恥ずかしいが、パーシクルはこの可憐さに驚いたのかそれとも――。


「……まさか、“カムラ”様ではありませんか?」


 ――別の驚きによるものだったようだ。

 まさか、“僕の偽名の一つ”を知っているとは。

“カムラ”というのは、僕の偽名の一つであり、四十年前にかなり広まってしまった名前だ。

 それをぴったし言い当てるとは、このパーシクルという奴隷商人なかなかやるね。


「……正解です。よく分かりましたね」


 特に否定する必要も無かったので、僕は肯定の言葉を口にする。

 カムラの時はこの姿のまま活動していたし、かなり有名になっていたので誤魔化すのも難しいと思ったため、普通に認めてしまう事にした。

 僕の肯定の言葉によって、周囲から「嘘だろ……」「マジかよ」「カムラって、あのカムラか?」といった困惑の言葉が聞こえる。

 幼女二人組の反応はどんなものかと見てみれば、予想外の反応であった。

 黄金の髪の幼女も、青銀の髪の幼女も、キラキラとした目でこちらを見ているのである。

 その程度にかなり差はあるけど……本当に予想外。

 先程まで虚ろだった様子の青銀の髪の幼女はほんの微かにだが、光を宿した瞳になっている。

 黄金の髪の幼女は更に凄くて、絶望の表情は何処へやら、キラッキラッの目をしてフサフサの尻尾を振ってしまうくらいの興奮状態。

 そこまでされるとなんかちょっと怖い。

 二人の幼女からの熱視線にたじろいでいると、パーシクルは僕の手を握ってくる。


「まさかかの偉大な『遺跡商人カムラ』様に会えるとは!光栄です!私、カムラ様に憧れて商人になったのです!その結果は奴隷商人程度にしかなれませんでしたが……。それにしても一目で分かりましたよ、その髪にその瞳、まさに物語の通りで!しかし、こうも同じだと少し不思議に思うのですが、カムラ様は一体どうして姿が変わらないのでしょうか?あの物語が世に出回ったのは何十年も前の事のはずですが?」


 捲し立てる様に放たれるパーシクルの言葉。

 おっさんの熱視線は嬉しくないなぁ……。


「ある遺跡の一つで偶然持ち帰った薬品が老化を抑制する作用を持っていましてね。おかげで何十年もこの姿なのですよ。僕としてはもう少し成長したかったのですが」


 薬品云々というものは嘘だ。

 真っ赤も真っ赤、大嘘である。

 だが、どうせ真実など知りようもないのだし、カムラとしての功績を鑑みてみれば、一概に嘘とも言い切れないと考えて、ほぼ口からの出まかせを言っていた。

 言葉の後半の部分は本当というか、本心だが。


「そうでしたか!そのような事があったのですね……。いやはや、カムラ様のお話は何とも興味深い。是非その時のお話を聞かせて頂きたいのですが――」


 げぇ、面倒なことになってきた。

 奴隷を買ってしまった時点で面倒なことになっているというのに、これ以上の面倒事を突っ込んでこないでほしい。


「――申し訳ありませんが、それはまた次回に。僕も少し用事があるので早めに取引をしてしまいましょう」


「……それは申し訳ありませんでした。私の都合を押し付けるような形になっていましたね。では、取引の方を」


 比較的良識がある人で良かった。

 良識のある奴隷商人というフレーズは不思議なものだが。

 さて、支払いの方をするわけだけども……。

 今回の支払金額は二千万メル。

 支払いをしようと腰元のポシェットに手を伸ばしたところで僕はどうしたものかと思う。


「……紙幣で払った方が良いですか?」


 それとも、小切手で支払った方が良いのか。

 紙幣は当然硬貨よりも嵩張らずに済むが、大きな金額の買い物では盗難などの対策のために小切手で買い物をする方が良かったりする。

 それに、僕としては小切手一枚支払いの方が楽で有難いのだが。

「紙幣でなくとも硬貨でも構いませんが?」

 ……そっちの方の考えになってしまったか。

 言葉が少し足りなかったかな、と僕は反省しながら付け足す。


「いえ、硬貨では無くて。小切手でお支払いしましょうか、と」


「……あぁ、成程。……たしかにそちらの方が私も楽で助かりますが。申し訳ありません、最近は紙幣で直接支払う方が多かったもので小切手の存在をすっかり失念していました。それにしても流石ですね、これだけの金額を簡単に支払えるというのは」


「まぁ、遺跡の方で昔儲けましたから」


 再度ポシェットへと手を伸ばして中から一枚の紙――チケット程のサイズのものを取り出す。

 それに今回の支払い金額である二千万という数字を書き入れ、目の前でどこか感心したような表情のパーシクルへと差し出す。

 差し出された小切手を手にしたパーシクルは「ほぅ、エヴァンジェリン商会でしたか」と呟き、それを懐に慎重に仕舞うと幼女二人の方に向き直る。


「では、次は私の番ですね。奴隷契約の方を結ばせていただきたいと思います」

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