第3話

 人の流れに逆らわないように歩いていくと、会場の中央広場に辿り着く。

 此処まで来る途中で『空色』があったのをちゃんと確認している。

 中央広場に着いてからは人の流れは無くなり、中央広場にある比較的大きな噴水とその前に突貫工事で作られたような木造のステージがあり、そこを囲うようにして人が見物をしている。

 基本的にこの中央広場の外側で見物しているような人は買うつもりはないようで、見物に徹しているようだ。

 それに対してステージの近くにいる人々は買う気が十分といった風で、外と内の熱気の差が激しい。

 奴隷の紹介に合わせてどことなく怒号が飛んでるような気もするし。

 僕としてはちょっとうるさい位の外側から見れればよかったのだが、予想外の問題が発生していた。


「……全く見えない」


 そう、身長が足りないせいで何がどうなっているのか全く分からないのだ。

 前も、横も、後ろも!何も見えない!

 見えるのはよく分からないおじさんやおばさん、おにいさんの姿だけだ。

 この気分はあれ――映画館に行ったときに前に身長の高い、いや座高か?まぁ、そんな人に座られたせいでスクリーンが見えない時の心境に非常によく似ている。

 成長の遅いこの体が恨めしい。

 ……ほぼ不老というのは有難いのだが。

 別に僕としてはそこまで見えなくてもいいのだが(散々見えないことに対して文句をつけておいて何だが)、シアさんに様子の報告を頼まれているからなぁ……。

「人がいっぱいで見えませんでした!てへっ☆」でも良いのだろうが、シアさんはがっかりしそうで……。

 うーむ。

 少しばかり逡巡した僕は、意を決して熱気のすごい内側に向かう事にする。

 内側ならば多少は見やすくなるだろう、そう考えたが為であり、小さな体をこれでもかとばかりに押し込んでステージへと向かう。

 ぎゅう。

 ぎゅうぎゅう。

 痛い、というか苦しい。

 ぐほっ!?

 誰かの肘が僕の頬を直撃する。

 少しイラッとするが、ここは大人の対応で水に流してあげることにしようではないか。

 そう、僕は大人。

 多分、ここにいる人の誰よりも。

 ……見た目は子供だけど。

 でも、イラッとするものはイラッとするからね、仕方ないね。

 朝の満員電車もかくやという人ごみを掻き分けて僕は比較的ステージに近い場所にまで辿り着くことに成功する。

 まぁ?ちょっと本気を出せばこの程度の人ごみ簡単に吹き飛ばすことも出来ますけど?

 フラストレーションが溜まったせいでそんな考えが頭を過るが、何とか気分を落ち着ける。

 落ち着けユニティア、お前は大人だろう?

 イエス、アイアムアダルト!……何かいやらしい。

 それにしてもこの人ごみを満員電車の様子に例えてしまったが、こんなのに毎朝突っ込めと言われたら殺人沙汰が起こってもおかしくない気がする。

 僕が朝の満員電車と殺人事件の関係性を疑っていたところで、ステージに一人の奴隷商人が登ってくる。

 僕がこのステージ近くにやって来た時にはあらかたの希少種が売られてしまった後だったらしく、もう終了してしまったのか?と思っていたのだが、どうやら最後の大トリ――少し意味合いは違うかもしれないが、注目の奴隷が残っているらしい、と言う事が周りで話している人の会話で分かった。

 ありがとう、名も知らぬおっさんたち。

 と言う事は、今しがたステージの上に立った奴隷商人が最後の希少種をオークションにかけるのだろう。

 若干強面のその奴隷商人が僕たちステージ近くでオークションに参加している人間をゆっくりと見渡すと、それに合わせて皆口を閉じる。

 奴隷商人が強面だから、とかそんな理由じゃなくて、最後の希少種に対する期待が高まって自然と口を閉じたのだろう。

 僕?

 僕はぼっちなので最初から一言もしゃっべてませんが何か?

 僕が「別に寂しくないし……」とよく分からない愚痴を心の中で吐いていると、ステージ上の奴隷商人が口を開く。


「……それでは最後の奴隷を皆様に紹介したいと思います。私はギテムの街の奴隷商人、パーシクルと申します。その私が皆様に自信をもって紹介させていただきますのが――」


 そこで僅かに言葉を区切った奴隷商人――パーシクルが顎をしゃくると、ぼろ布の外套を着せられた子供が二人、ステージ横に取り付けられた階段を上ってパーシクルの隣へとやってくる。

 体格からして子供なのは間違いないのだが、フードを目深まで被っているせいで性別が分からない。

 今こっちをチラッと見た奴誰だ。

 確かに僕も似たような恰好だけど着ているものが違うだろうに。

 ステージの上に立った二人の腕には木でできた手枷、足には鉄の足枷が着けられている。

 二人とも裸足なうえに肌の色が白いため、足枷のせいでできた傷や怪我が痛々しい。

 パーシクルは隣に来た二人の後ろに回り込むと、二人が身に着けていた外套を勢いよく剝ぎ取って高らかにこう言い放つ。


「――“金妖狐”と“禍白狐”のメスにございます!!」


 日の元に晒されたのは黄金の髪と青銀の髪をした二人の狐の亜人の幼女だった。


「「「「「「――おおぉぉぉぉぉ!!」」」」」


 それを見た僕の周りの人達は雄たけびの様な声を上げる。

 うるさっ。

 雄たけびの対象となっていない僕はその声量に顔を顰めるだけだが、ステージ上でその対象となった黄金の髪をした幼女は怯えて体を震わせる。

 頭にある可愛らしい狐耳もへにょん、と力なく伏せられている。

 対して青銀の髪の幼女は黄金の幼女とは違って怯えた様子も無く、冷めた――いや、死んだような瞳で虚ろ気に立ち尽くしている。


「それでは、競りの開始を告げさせてもらいます!!開始価格は一千万メルからとさせていただきます!!」


 パーシクルのその言葉によってさまざまな所から「一千万と五千!」「一千万と八千!」といった声が聞こえてくる。

 僕は入札するつもりもないのでステージ上の二人を見ていた。

 青銀の髪の幼女は入札の声、欲望に塗れた人間たちの顔を見ても何ら反応を示さず、立っているだけなのだが、黄金の髪の幼女の方はとても分かり易い反応だ。

 入札の声が上がる度に体をビクっと震わせ、声の上がった方向を見て、欲望で醜く歪んだ入札者の顔を見て怯えた目をする。

 見れば足も小さく震えている。

 ぼろ布で作られた服とも言えないような、ただ布に頭を通す穴を開けて奴隷に被せ、横を一か所留めただけの服は裾が短く、黄金の髪の幼女の足が震えの様子がよく分かる。

 二人ともかなり美しい――今は幼いが為に可愛らしく、二人を性奴隷として買いたい人間は多いのだろう、入札額は未だに増え続けている。


「一千九百万!!」


 もう二倍近い値にまでなっていた。

 この国――と言うよりもこのジルクヘイムという世界では普通に硬貨の他に紙幣まで導入されており、殆どの国で取り扱われているほど広く浸透した『メル硬貨・紙幣』での取引が一般的になっている。

 メル、というのは単位であり、一メル、百メル、千メル……という風に使う。

 更に説明すると、一、五、十、五十、百、五百、千は硬貨、五千、一万、五万、十万は紙幣となっているが……一般的な庶民の買い物で十万メル紙幣はほぼほぼ使われないだろう。

 どうでもいい情報ではあるが、メル、という言葉は『商神メルルペレス』が元になっているとか。

 話がちょっと逸れたが、今このオークションでポンポンと飛び出ている百万メルという値は、具体的には贅沢さえしなければ地方の家族は二年は暮らすことが可能であるだろう金額だ。

 それが十九倍。

 大体三十八年は楽して暮らせるような金額が飛び出してくるとは……。

 いやはや、人の欲望とは恐ろしい。

 そんな事を考えて、黄金の髪の幼女に視線を戻せば、怯えた目の端に涙が浮かび始めている。

 チクリ、そんな痛みが僕の心に走る。

『助けてあげたい』。

 ……そう思うのは、きっと僕の心がかつて犯した罪を意識しているからか。

 心の痛みに眉を微かに顰めてステージ台の上への再び目を向ければ、黄金の髪の幼女は次第に入札の声が上がる間隔が長くなっている事、それがつまり自分が落札される瞬間が近づいているのだと思い至って、瞳に本格的に絶望の色が混じり始めていた。

 最初のうちは半ば放心状態だった為、現実味が薄かったのだろうが、オークションが進み落札の瞬間が迫る事で現実を――慰み者にされるか耐え難い苦しみを味わう事になるか――理解してしまったのだろう。

 そんなのは嫌だと、黄金の髪の幼女はいやいやと首を小さく振るが、現実は非情である。


「一千九百と五十万」


 その声が響いた後に、誰も声を上げようとしないのを確認してからパーシクルが頷いて、落札の宣言をしようとする。

 自らの後ろでパーシクルが行動を起こそうとしている事に気付いて、黄金の髪の幼女は濁った瞳から一筋の涙が零れる。

 ――あぁ、やっぱり来るんじゃなかった。

 そんな後悔が僕の心を締め上げる。

 だから。


「それではこの二匹は一千九百――」


 パーシクルの声を遮って僕は場に見合わない、鈴を転がすような声でこう言う。


「――二千万」


 ――あぁ、やってしまった。

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