第2話
「――“奴隷商人”じゃないかって事ですよ?」
……成る程。
商人と奴隷商人はたしかに違う。
商人が物を売るのならば、奴隷商人は人を、命というものを売るのだ。
奴隷商人というものが非合法ではないのかと言われれば、この世界の国の殆どで“ある点のものだけ”合法とされている為に、闇の商売であるとは言い切れない。
それでもグレーゾーンな商売であることに変わりはないが。
人の売り買いをすると言っても、人族やエルフに限って言えば罪を犯してしまったが為に仕方なくであったりと、そう言った面がある故、非合法なものであるとは言い難い。
だが、それは“人族やエルフ”に限った話だ。
獣人や魔族といった亜人はここに当てはまらない。
彼らは人族から迫害を受けており、国などの庇護の元に無ければ捕らえられて奴隷とされてしまうのも少なくない。
罪を犯していなくとも、ただそこに存在することが罪であるかのように、後ろ盾のない彼ら亜人は奴隷とされてしまう。
奴隷となってしまった亜人の扱いは人間の奴隷よりも酷く、危険な地への調査に向かわされたり、魔法の人体実験用の被検体として使われたりと命を軽んじられている。
そんな今の時代の潮流に僕自身与してしまった所もあり渋い顔をせざるを得ない。
尤も、彼ら亜人が迫害される根本的な理由は僕が生まれる前より遥か昔にあるのだが……、いや、これは逃げているだけ、か。
そんな人間の醜い部分も取り扱う奴隷商人なのかとシアさんに聞かれて、僕は少し眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「……違いますよ。僕は品物を扱う普通の商人です」
僕の言葉に僅かに含まれた棘に気付いてシアさんは謝ってくる。
「ご、ごめんなさい……。この時期に来た商人さんだから勘違いしてしまいました」
「この時期?どういうことですか?」
シアさんが口にした『この時期』という言葉が引っ掛かって僕はそう尋ねる。
「……あれ、知りませんか?この時期――若葉の月の上旬はその年で決まった街で奴隷の大市が開催されるんですよ。知りませんでしたか?」
「……あまり行こうという気も無いので忘れてました」
奴隷の大市、通称『ガジャッサ戦勝祭』とも呼ばれるもの。
人族などが過去の歴史を讃えるために作られたその祭は、今ではちょっとした民衆のガス抜きイベントのようなものになっている。
美しかったり、屈強だったりする亜人奴隷が誰かに金で買われていくその様子を楽しむ者と、実際に売買に参加することで楽しむ者。
普段の鬱憤を自らよりも下の存在――奴隷を見ることで晴らしてもらおうというのが大方の目的だろう。
とは言え、奴隷商人たちにとっては数少ない書き入れ時という思いしかないだろうが。
……そういった理由もあって、グレーゾーンに立っているせいで大手を振って商売ができない奴隷商人たちにとっては、堂々と商売ができる数少ない日であると言える。
そんなガジャッサ戦勝祭の開催については、奴隷商人の大家たちがその年で一つの街を決め、そこで若葉の月――別の言い方をするのなら五月――の上旬に亜人を中心とした奴隷の大市が行われる、というのが決まった流れ。
何処で行われるのかがほぼランダム(人の流入による街の活気増加を求めて賄賂が渡されている事も考えられるが、僕は奴隷商人ではないのでよく分からない)の為、また、亜人が迫害されるような状況をわざわざ見たくないといった理由で行った事は無かった。
だが、ほぼ関わらないようにしようと無干渉で情報を集めていなかったことが今回災いした。
『人が沢山いて商売には良いかもしれない』と思ってレッテの街に向かった数日前の自分の浅はかさにため息が出る。
……まぁ、そんな真面目に商売する気もなかったけどね!!
“一応は”商人である以上、ポーズというものは必要だと思いまして。
「……だからこんなに人が多かったんですね。ようやく納得しました」
「普段の人通りはこの三分の一位なんですけどねー。やっぱり大市にもなると活気が凄いです」
「その割には店内にお客さんがいないのはなんでなんでしょうか?」
僕のちょっと意地悪な質問にシアさんは少し苦笑してから、その理由を説明してくれる。
「あと一時間もすれば始まるんですよ、希少な奴隷の競りが」
「……それってこの大市一番の目玉イベントでしたよね。道理で人がいないわけです。皆そっちに流れてしまったって事ですか」
ガジャッサ戦勝祭、一番の人気のイベント、『希少種族亜人のオークション』。
亜人と一括りにされてしまっているが、ここで大抵そう呼ばれるのは獣人や魔族であり、この二つには多くの種が存在する。
亜人の中で数の少なく、滅多に人前に姿を現さない特殊な力や姿形をした種の事を『希少種』と呼ぶ。
他にも周囲の特殊な環境に適応した『適応種』や、種として上の段階に辿り着いた『上位種』というものもあるが……。
まぁ、どれにせよ彼らを捕らえて奴隷として売れば、その物珍しさや力が理由でかなりの値が付くのが一般的となっている。
昔はこの希少種を通常の売買で取引していたらしいのだが、希少種を集める事が趣味の奇特な貴族が「各地で自由に取引されては買い逃してしまうではないか」と言い出した事で、それ以降各地で捉えられた希少種は年に一度のガジャッサ戦勝祭で纏めて売買――オークションという形で取引されるようになったのだ。
オークションの来歴はそれとして、特殊な力を持つ希少種を手に入れたい、護衛としたい、そう考える金を持つ人間がこぞって集まるのは当然としても、その姿の物珍しさを見てみたいと普通の人間の多くも集まるので、今の時間帯は人が殆ど出払っているのだ。
どうやら先程の表の通りの人の流れはオークションに向かう人の流れだったのか、と今更ながらに思い至る。
「私も少し見に行ってみたいんですけど、ここの仕事もあるので……。せっかくこの街に来たんですから、ユニちゃんも競りを見ていったらどうですか?」
純粋な興味からオークションに行ってみたいと言うシアさんが見物を勧めてくるが、僕としてはやはりイマイチ気が乗らない。
普段の街で見る様な奴隷なら「まぁ、仕方ないかな……」と見れるのだが、実際の売買、それも希少種のオークションともなると人間の欲望を煮詰めたような濁った熱気がありそうで気が引ける。
……まぁ、遠目から少しだけ見たら帰ろう。
……いや、帰ってはダメなのだ。
僕は商人なのだから商売をしなくては。
丁度人がレッテの街に流れてきているのだから、ガジャッサ戦勝祭というものであれ活用してこそ商人だ。
……コネ商人だけど。
「……うーん、少しだけ見てくることにします」
「それならどんな様子だったか後で教えてくれませんか?」
夕食もここで食べていってくれと言う事を遠回しに言っているのかと思って、商魂逞しいなーと思ったが、そんなことは無くただの興味故だったみたいで、シアさんはニコニコとしている。
「分かりました。また後で寄らせてもらいますね。……あ、それと近くで宿屋はありませんか?今日の朝にここに来たばっかりでまだ今日の寝床を確保していなかったので」
「それなら二軒左隣――競りの会場の中央広場の方面ですね、に『空色』っていう宿屋がありますよ。サービスは良いんですけど、食事なんかは提供してないので、お食事の際は『凪の小鳥亭』をどうぞ!」
今度こそ間違いなくマーケティングをされた。
ステマではなく、ダイレクトマーケティングの方で。
「そうさせてもらいます」
それから隣に座り続けたシアさんと普通の会話なんかをしながら食事を終えた僕は、勧められた通りに希少種亜人のオークション会場に向かうのだった。
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