ケース4 ヤンキー編

 これで、初日にしてもう三つのDQN対応を無事にこなした。今日はここ以外でも、同じような光景がそこここで展開されているに違いない。


 法令通り、容赦なく処罰される者達の姿を目の当たりにして…いや、実際にそうした場面に出くわさなくとも、お昼のニュースやワイドショーでこれ関連のことは取り上げられているだろうし、当然、SNSでもそんな情報が拡散している頃だろうから、さすがに午後ともなればDQN達もなりをひそめるものと踏んでいたのであるが……。


 それでも我が振りを省みないのが、DQNのDQNたる所以ゆえんである。


 お昼休みの後、店の外の掃除に出た僕は、入口のすぐ脇でたむろするヤンキー三人組を見つけた。


 高校生だろうか? 金髪、ダブダブのヒップホップ系ファッションに鼻・耳ピアス……コテンコテンの典型的ヤンキーだ。


 そんなヤンキー達が、お約束通りにも地べたに直接座り込み、他の客の迷惑お構いなしにスナック菓子を食い散らかしたり、スマホを弄り回しながらべちゃくちゃと大声でくっちゃべっている。


「あのお……そこだと他のお客さんの迷惑になりますので、別の所に移動していただけませんか?」


 とても面倒臭そうだし、正直、関りあいにはなりたくなかったが、バイトながらも店員の職務として、僕は彼等に注意をする。


「…ハハハ! この動画サイコー! な、今度、俺達も撮ってアップしようぜ!」


「お、いいねえ。YO!チューバ―ってやつ?」


「俺達もパコ太郎みたいにバズったりして?」


 だが、聞こえていないのか? 話に夢中なのか? ヤンキー達は僕を完全に無視だ。


「すみませーん! 他のお客さんの迷惑なんで移動してもらえますかー!」


 僕は改めて、少し声のボリュームを上げて二度目の注意をした。


「ああん? うっせーな。なにイチャモンつけてんだよ」


「店員のくせして客にんな態度とっていいのかよ?」


「お客様は神様だっつうことわざ知らねーのかよ!」


 すると、今度はこちらを向いてはくれたものの、これまたステレオタイプにガンをつけ、無知なりも知っていたらしいそんな決まり文句まで、なんとも生意気なことに持ち出してくれる。


 しかし、朝の害虫DQNもそうであったが、そもそもこの「お客様は神様です」という標語の意味自体、多くの人々が勘違いをしている。


 この誰もが知る有名な言葉を言い出したのは、昭和を代表する大スター歌手の故三波春夫氏であるが、彼が言った〝お客様〟というのは彼にとっての・・・・・・お客様=即ち「会場に足を運んでくださった観客オーディエンスの皆さま」のことであり、〝対価を払い、自分の欲しい物を買い求める客〟=神様なんてことは一言も言っていないのだ。


 物の売り買いにおける販売者と顧客の関係は、需要と供給に基づく契約の上に成り立っているものであり、どちらが上でも下でもない、どこまでも対等な立場である。


 それを自分の都合のいいように解釈し、本来はまったく違った意味であった言葉を大義名分としてきたクレーマーにも当然問題はあるが、目先の儲けだけを重視し、あたかもそうした客に媚びる態度を「おもてなし」などと言って奨励してきた商売人側にも大きな責任があるように思われる。


 経済や文化、技術や価値観、様々なもののグローバル化が叫ばれる中、そんな行き過ぎたサービスだけがガラパゴス化しているこの現状を、皆おかしいとは感じていないのだろうか? こんな無礼極まりない理不尽なDQN客、海外の店だったらDQN防止法がなくても普通にボコボコにされてるぞ?

 

 ……おっと、少々熱くなって脱線してしまったが、話を今解決すべき、目の前の事態に戻そう。


 このイキがったガキンチョ三人組、昨今のヤンキーは心優しく、地元と仲間を大切にするマイルドヤンキーが主流とのことであるが、こいつはまた懐かしさすら感じるバッドボーイ達だ。もちろん、謹んでDQN認定させていただこう。


 しかし、こういう時の対応も、ちゃんと国は考えている。


 僕は「ビビッてやがるぜ、あのチキン野郎」という顔でせせら笑う愚かなヤンキー達の視線も気にかけることなく、再びバックヤードへ向かうとまたもや電話をかける。相手は先程とはまた別のとある公的機関だ。


「……ああ、もしもし……はい。DQNの回収をお願いします……」


 数分後、コンビニの駐車場に到着したのは、清掃センターのゴミ収集車だった。


「粗大ゴミ回収に来ましたあ」


 だが、ゴミ収集車から降りて来たのはよく見る普通のセンター職員ではなく、日焼けしたマッチョなボディに袖のちぎれたワイルドな作業着を羽織り、ゴールドのネックレスとグラサンを着けた〝世紀末救世主伝説〟を思わせる二人のおとこ達だ。


 そのどこからどう見ても公務員どころかカタギにも見えない貫禄ある風体……彼らはただの清掃センター職員ではなく、DQNという〝粗大ゴミ〟を専門に回収してくれる特別な清掃センター員なのだ。


「そこのがそうなんで、よろしくおねがいします」


「ああ、これ・・ですね。すぐに片づけます……」


 到着した彼らを見て、急いで外に出た僕がヤンキー達を指さすと、DQN清掃センターの人達は野太い声で相槌を打って、その〝粗大ゴミ〟へとおもむろに近づく。


「わっ! な、何すんだよ?」


「痛てててててて…や、やめろ! う、腕が折れるっ!」


「ひ…な、なんなんだよ? あんたら!」


 そして、断ることなくヤンキー達の首根っこを掴むと、まさにゴミを扱うかの如く、収集車の方へと引きずってゆく。


「は、放せよ! 放せって言ってんだろ?」


「うるせえ! ゴミがしゃべるんじゃねえよ!」


「オウっ! とっとと入れ! ゴミどもがっ!」


 当然、おとなしく従うわけもなく、逃れようと大暴れをする反抗期の若者達であるが、筋骨隆々の漢達は何食わぬ顔で、片方の職員なんかヤンキーを二人まとめて小脇に抱え、なんの苦もなく収取車の中へ放り込んでしまう。


「それじゃ、ゴミ・・の回収終わりましたんで俺達はこれで」


「ありがとうございます! どうもお疲れさまでした!」


 一仕事終え、やはりカタギとは思えないドスの利いた声で挨拶をするマッチョ職員達に、僕は90°腰を折って深々とお辞儀をすると、少々体育会系のノリの入ったハキハキとした口調で礼を述べる。


 ブウウン…と低いエンジン音とともに真っ黒な排ガスを吐き出し、ゴミ収集車が遠く走り去るのを待ってから、僕は晴れ晴れとした気分で頭を上げた。

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