ケース3 モンペア編
これで早やDQN防止法によって対応した事案はすでに二件である。しかし、運用初日ということもあってか、DQN客の来訪はまだまだ続く……。
「――あ! ケンちゃんダメでしょう? 買ってないのに開けたら」
しばらくの後、僕が品出しをしていると、そんな声がお菓子類のある棚の方より聞こえて来た。
不穏なものを感じ、慌てて僕が様子を見に行ってみると、案の定、幼稚園児くらいの男の子が某「オーストラリアに棲息するユーカリだけを食べる珍獣のマーチ」の箱を開け、勝手にそのチョコ菓子を食べようとしている。
「いいんだよ。だって、おばあちゃんも食べていいっていったもん」
「ダメよ。これは買ってないから食べちゃだめなの」
家ではどういう
ちょっと待て!
一瞬、その自然体の動作にスルーしそうになってしまったが、彼女はその完全に開封されている箱を何食わぬ顔で棚に戻しているではないか?
「あ、あのう…」
「あ、ああ、これね! 糊づけが弱いから取れちゃったの! もっと強くしといてもらわなくっちゃねえ」
無論、見過ごすわけにはいかず、おそるおそる声をかけようとすると、それよりも一瞬早く僕の視線に気づいた母親は、咄嗟に思いついた言い訳をみえみえにもしてみせてくれる。
「えっと……そういう場合にはご購入いただかないと……」
そんなこと言われて、「ああ、そうでしたか。ほんとですよねえ」などと納得するとでも思っているのだろうか? その太々しさに呆れ返りながらも、とにかく開封したお菓子のお買い求めを要求する僕であったが……
「なに? ケンちゃんが悪いっていうの? こどもの手が届くような所に置いといたあなた達がいけないんでしょう! そんな難癖つける暇があったら、お客様に謝るのが店員としての常識なんじゃないの?」
言っていることがもう滅茶苦茶だ。どの口で「常識」などという言葉を吐いているのだろう……謝るどころか、自分を正当化して罪を逃れようと逆に僕を叱りつけている。
こどももこどもなら、その親も親だ。一時期、流行語にもなっていた、いわゆる〝モンスターペアレンツ――モンペア〟というヤツである。
うん。これも当然、DQN認定でいいだろう……。
そう判断した僕であるが、今回は先程の二件のように僕ら店員自らが手を下すまでもない。
「わかりました。じゃ、少々ここでお待ちください」
こういう時の対応も前もって決めてあったので、僕はそのマニュアル通り、カウンターの方へ向かうとバックヤードへと入り、電話でとある公的機関へと連絡した。
「……あ、もしもし、駅前のコンビニなんですけど、DQNな親子がいまして……あ、はい。至急、お迎えをお願いします」
その電話より数分の後。なにやら某国の人民服を思わす、モスグリーンの作業着に身を包んだ男達が三人、自動ドアを開いて店内へ入って来た。
「失礼します。再教育訓練校の者です。先程、電話であったDQNの親子というのは……ああ、こちらですか?」
その中で一番年長の、三十代後半にさしかかったくらいのリーダーと思しき男性が、店内をぐるっと見渡しながらカウンターの僕に問いかけるが、訊く間にも例の親子の姿を見つけ、答えるのも待たずに近づいて行く。
「な、なんなのあなた達? ちょ、ちょっとケンちゃんに何するのよ?」
「ま、ママ~っ!」
「こちらよりDQN被害通報がありました。あなた達にはDQN検査テストを受けてもらい、正式にDQNと判断された際には常識人としての再教育を受けてもらいます。それでは、とりあえずご同行願えますか?」
「ひょっとして、非礼の侘びに何かもらえるんじゃないか」などと期待するような顔でいたモンペア母は、突然現れた彼らに目を丸くして声を荒げるが、男達は有無を言わさずワガママこどもを抱きかかえると、母親も両脇を固めて強制的に連行してゆく。
そう……彼らは僕がさっき電話で呼んだ「特殊軽犯罪者再教育訓練校――巷の呼び名では〝DQN訓練校〟」の職員達なのだ。
その更生と社会復帰を目的としたDQN専門の訓練校も、この法律の施行に伴って事前に準備されたものであり、それでもまだ更生の余地がありそうな者の場合、各地域に必ず一校は開設されたその学校から電話一本でお迎えが来てくれる仕組みだ。
「どうも、ご苦労様です!」
DQN親子を持ち帰ってくれる頼もしい公務員達の背中に、僕はいつもお客さんに対してしてる以上に深々と頭を下げた。
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