ケース2 バカチューバ―編
ちょっと大げさかもしれないけど、これはIT革命並みの社会的エポックメイキングかもしれない……。
DQN防止法……この画期的な法律により、なんだか行き詰まり感のあったこの現代日本社会に突破口が開いたような気がする……。
だが、世に泥棒とDQNの種は尽きまじ……僕の爽快な気分は、すぐに不快へと戻る事態が発生した。
それは、害虫のようなDQNオヤジを追い払ってから30分ほど経った頃のこと……。
「――え~それでは今から、このコンビニで英雄的行為をしてみたいと思いま~す」
店の奥の方で、スマホ片手にそんな独り言を言っている若い兄ちゃんが僕の視界の隅に映った。床に設置する横長タイプの、アイスなどを入れた冷凍ボックスが置かれている前だ。
その右手に握られたスマホは自分の顔の前に掲げられ、どうやら動画を自撮りしているらしい……店の中でそんな撮影する自体、少々マナー違反だとは思われるが、僕だって鬼ではない。ま、そのくらいの無礼な振る舞いなら、DQN認定せずに見逃しておいてやろう。
…………と、仏心を出して思った瞬間。
「よいしょっと……うわっ、冷てえ~!」
「なっ…!?」
僕は、その光景に自分の目を疑った。なぜならば、その若い男は冷凍ボックスのガラス戸を開けるやその中へと頭へ突っ込み、あれよあれよという間にすっかり全身を潜り込ませてしまったからだ。
「いや~さすがに冷たいですね~。アイス達の気分がわかるような気がします~」
慌てて僕が駆け寄ると男はさらにガラス戸まで閉め、なおも中で自撮りを続けながら、そんなくぐもった声を外へと漏れ聞こえさせている。
そうか! これがあれか! あの〝バカチューバ―〟っていうやつか!
僕は驚きを覚えながらも、ようやくにして納得した。いや、その行動については一切納得できないものの、その正体については思い当る節がある。
昨今、再生回数によって広告料がもらえる某動画サイトへUPする
にしても、白昼堂々、店員がいる目の前でこんな暴挙に出ようとは……しかも、その犯罪行為の証拠映像を線世界へ配信しようというのだ。
そんなことして世間様が許してくれるとでも本気で思っているのだろうか? バカチューバ―とはよく言ったものである。
「バカチューバ―ですか!? バカチューバ―なんですね! 店長~! バカチューバ―が出ました~!」
昨今、カメラ持った人間を見つけると、テレビ関係者より、まずはそんな某動画クリエーターだと思って目をキラキラさせる現代っ子の如く、僕は一応、ガラス越しに尋ねて確認をとると、レジカウンターの方を振り返って今回も店長を呼ぶ。
「ああん? ああ、ついにうちの店にも現れたか……ま、DQN認定だな。仕方ない。中のアイスは全部無駄になるけど、そいつの親にでも後で請求すればいいだろ。代わりの冷凍ボックスは本社に持って来てくれるよう連絡しとくよ」
怪訝な顔でこちらへ歩いて来た店長は、狭い箱の中でなおも愉しげに自撮りしている男を迷惑そうに眺めると、そう言ってポケットからキーホルダーを取り出し、カチャカチャと冷凍ボックスのガラス戸についた鍵を躊躇なくかけてしまう。
さすが、常日頃からDQNの対応には慣れっこになっている我らが店長。バカチューの一匹や二匹にはまるで動じないのだ。
「――以上、コンビニの冷凍ボックスに入ってみようの回でした。それではまた次の回に。アデュ~! ……あれ? 開かないぞ? どうなってんだ? あ、ちょっと! な、何する気? ここ開けてくれよ! あ! ねえ、ちょっと! だ、出して! 出してくれぇぇぇ~…!」
「おまえこそ永遠にアデュー(さよなら)だ。よし。他のお客さんの迷惑にならない内に片付けるぞ。重いから気をつけろよ? せーのっ!」
そして、僕も含めた店員達を集めると、暢気にもようやく閉じ込められたことに気づいたバカチューバ―を入れたまま、みんなで協力してその冷凍ボックスを目立たない店の裏へと運んでしまう。
「お願いだからここから出して~っ! 誰か~っ! 誰か助けてくれ~っ…!」
「フゥ……思わぬ重労働だったが、なんだかさっぱりしたな。さ、それじゃみんな、持ち場に戻った戻った」
顔面蒼白に涙目のバカチューバーは、ドンドンとガラス戸を叩いて必死に救出を訴えているが、もちろん、そのまま放置である。
店長の言葉に促され、僕らは一仕事終えた後の心地よい疲労感を伴って店内へ戻ると、まるで何事もなかったかのように日常の業務へ帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます