DQNなお客様は神様…ですか?

平中なごん

ケース1 クレーマー編

 20xx年某日……。


 昨今の他人の迷惑省みない驕り昂った不届き者の増加にともない、経済活動への悪影響の解消と、今や名ばかりとなった〝日本人の美徳〟を取り戻すため、「威力業務妨害並びに特殊軽犯罪防止法――通称〝DQNドキュン防止法〟」が施行された。


 それはDQN――即ち「粗暴で非常識な行動をとる無礼極まりない人物」、中でも特に接客業に対して業務妨害を行う輩と認定された者に対しては、その〝人でなし〟の人権など一切無視して、被害者が防衛行為を行う権利を公に認めた画期的な法律である。


 ご他聞に漏れず、かくいう僕も常日頃からDQNの迷惑をこうむっており、この政策には諸手を挙げて大歓迎だったのであるが、そんな僕のバイトするコンビニでも、その〝DQN防止法〟の運用初日を迎えた……。


「――いつものやつ」


 猫背で顎を突き出したメガネでギョロ目の中年男性客が、カウンターの前に来るなり藪から棒に言ってきた。


「はい? えっとぉ……」


 大衆食堂の常連客じゃあるまいし、そんなこと急に言われてもわかるわけないので、僕は困った表情を作ってそれとなく訊き返す。


「いつものやつったら決まってんだろ! タバコだよ! タバコ!」


 すると、その客は突然激昂し、必要以上に大きな声を出して僕を頭ごなしに怒鳴りつけた。


「あ、タバコですね。ええと、銘柄は……」


 なんとも身勝手でコミュニケーション能力の欠如した客であるが、いろいろ言うと余計面倒なので、その理不尽な言動への怒りをぐっと堪え、再び作り笑いで尋ねる僕であったが……。


「そんなこともわからねえのか? 俺がいつものって言ったらマイルドエイトってわかるだろ! おまえ、店員失格だな。そんなこともわからねえなら働くんじゃねえよ! この社会不適合者が!」


 男はさらに声を荒げ、重ねて理不尽なサービスを要求するばかりか、「それはこちらの台詞です」というような言葉で何ら非のない僕を全否定する。


「おい、なんだ、その顔は? お客様は神様なんだろう? 神様に対して失礼なことしといて、その態度はなんだって言ってんだよ! 謝れよ。失礼な対応をしてしまい、まことにすみませんってちゃんと謝れ!」


 さらにはあまりのことにブスっとしてしまっていたらしい僕の顔を見て、ますます図に乗ったこの勘違い野郎は不当な謝罪まで強要してくる。


 これまでならば、それでも面倒臭いので適当に謝り、自分の人権なんかとっとと放棄して、なんとかその場を穏便に収めていたのであるが……うん。これはもうDQN認定でいいな。


「店長~っ! すみませ~ん! 一人〝困ったちゃん〟が来てるんですがDQN対応でいいですかあ~?」


 とはいえ、勝手に認定するのもなんなので、ここの事業主である店長を呼んで、一応、お伺いを立てることにする。


「んー? ……ああ、そいつかあ。そいつは紛れもなく典型的なクレーマーのDQNだ。俺が保証する。遠慮せずにやってさしあげなさい」


 すると、バックヤードから顔を出した少々メタボな我らが店長は、そのクレーマーとしてよく知られた男性客を一目見るなり、そんな頼もしいGOサインを出してくれる。


「了解です。それじゃ、失礼して……うせろ! この害虫がっ! 二度とこの店の敷居跨ぐんじゃねえぞっ! 今度、見かけたらぶっ殺すからなっ! タバコの代わりにこれでも吸ってろ! このカスっ!」


 店長の言葉に、僕はカウンターの下から「DQN除けスプレー」を取り出すと、クレイマー客をどやしつけながら、それをプシューっ! と害虫駆除するかのようにかけてやる。


 そのスプレーは〝DQN防止法〟案が全会一致で可決されて以降、こうした状況での利便性に気づいたベンチャー企業が開発したものだ。なんでも、薬学系の大学生が起業した会社らしいが、なかなかいい目のつけどころをしていると思う。


「わっ、な、何すんだ? や、やめろ! うえっ…ゴホゴホ……く、クソっ! お、憶えてろよ!」


 きっとこれまでの経験則から、どんな難癖をつけても店員は下手に出るものと思っていたのだろう……目と鼻と喉に沁みる刺激的な液体を噴霧され、そのDQN客はハトが豆鉄砲食らったかのような顔をして苦しげに咽ながら、ドラマのチンピラみたいな台詞を残してドタバタと逃げ出してゆく。


「フー……ああ、スッキリした!」


 開いた自動ドアから転がるように飛び出す、そのなんとも間抜けな後ろ姿を見送りながら、僕は今までの溜まりに溜まったストレスが一気に解消されるような、なんとも清々しい気分を感じていた。

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