第52話 「体が真っ二つになってるけどおま〇こ大丈夫なの?」



「だらっしゃぁ!」

征十郎から強化を受けたアディルはテルドへと猛攻を仕掛ける。

「ぐっ・・・」


完全にアディルの流れだった。

〈飛行〉フライ〈三重強化〉ドライ〈雷撃〉ライトニング

征十郎は自身に飛行魔法を掛け直し、雷系魔法でアディルを後方からアシスト。


アディルの動きを予測し、その場所へと撃ち込む。決してトドメを狙いに行かず、あくまでアシストの範囲。腕や足、顔といったいやらしい所を狙っていく。

「・・・」

テルドは魔力の帯びた拳で全て打ち消すものの、アディルからのストレートは対応出来ずに吹き飛ばされてしまう。


「がっ!?」

その怯んだ隙に浮遊する黒曜石フローティングオブシディアンでレーザー攻撃。それも簡単にヒットする。


ここまで優勢なのは、主に征十郎が有能なためだ。

征十郎の特殊技能スキル『信仰譲渡』は、自身が使用する強化魔法の効果を三倍以上にするというもの。

それは征十郎との距離が近ければ更に効果を増す。


アディルの近くに寄った事で強化は通常の約七倍。ここまで来れば絶対に負ける事は無い。

「っ!」

アディルは錬成した剣で攻撃を続けていき、テルドの体に腕や胴体にかすり傷を蓄積させていく。


「クソが!」

「征十郎が全力でアシストしてくれれば楽勝じゃねえの」

エリスやヘスティア程の火力が無いが、この状況では充分な補佐役だ。


「てめえにやまだ死んじゃ困るんだよ」

そう言ってアディルは剣を捨てて顔面へ一撃食らわせて下の薄暗い道へと落とす。

その過程で元々いた場所がキラリと光ったかと思えば、テルドの肩が吹き飛ばされ、粉々に千切れる。


「あいつやるじゃねえの。練習してんな」

あいつ、とは当然レクトの事だ。この場所から元々の教会からは1.3km離れているため、元の世界ではそれなりの腕が必要となる。


しかし、ここには最長8kmまで見ることが出来るスコープとその距離を容易く狙い撃てる魔法弾薬が存在するため、元々銃を扱っていたレクトならば、コツさえ掴めば楽々狙撃可能な距離だ。


腕を失ったまま落ちて行くテルドを二人は追う。

「ぐ、はぁ」

「なあ、ここで降参しろ」

辛うじて着地したテルドへと言葉を投げる。

「ま、まだだ・・・。貴様らみたいな分からずや共に世界を壊されても・・・」


「分からずやはてめえだ」

ここからは先程アディルがヘスティアから聞いた言葉だ。

「今エリスの嬢ちゃんとアイクレルト陛下が会談を行ってるんだと。それにイルバん所にヘスティアが向かった。つまりこの案件はもうこっちの流れなわけ」


「・・・、」

テルドはそのまましばらく何も言葉を発さずに立ち尽くしていたが、やがて降参の意を示した。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




一方時は少し戻り地下街。とある店で合流した魔王ディステルとバーロン達。

「いや。あまり堅苦しいのは好きではない」

ディステルは跪くバーロンを手で制す。

「あぁ〜、久しぶりですねぇ〜」

「イルム・・・。どこかで拾った粘液種スライムが随分と大物になったではないか」


イルムは元々ディステルの部活であったが、魔王因子を喰らった後に独立したのだ。

「でもぉ〜。ディステル様にはぁ〜、忠誠を尽くしているつもりですよ〜」

「それは知ってるが・・・。まあよい。そろそろお前に用事のある奴が来るはずだ」


え? とキョトンとした表情を仮面の下で浮かべた後、バーロンとディステルが転移で消える。

そこにはヘスティアの姿があった。

「やあイルバさ・・・。いや魔王イルムさん」

「こんにちはぁ〜。それじゃあ早速だけどぉ〜、約束通りぃ〜」

その言葉を待っていた、とでも言うようにヘスティアがニヒルな笑みを浮かべた。


「ぶっ殺してあげるよ!」

「こっちのぉ〜、セリフかなぁ〜?」


その叫びと同時にヘスティアは前方に魔法を放つ。第六位魔法〈氷晶の雹砲〉メルクリアス・ヘイルカノンだ。

ヘスティアの魔法はイルムに直撃するもののコンマ一秒で凍結した部分から分離し、自身の液体で作られた服や本体を再生させる。


そして自身の体から幾つもの黒い塊を分裂させ、瓦礫の下から硬質化させたブレードでヘスティアへと攻撃くる。

「多くない?」

ヘスティアは数百の刃を見て呟いた後、正面のブレードを一瞥し凍結、爆散させる。そして残りのブレードは空中の気体分子を細かく凍結させた直径3ミリのシールドで防ぐ。


その隙にイルム本体が背後へと周り腕を振るい、数本の杭を突き出す。しかしヘスティアは軽く回避しつつ蹴りを繰り出し、首元にヒットさせる。

「エリスさんと戦る時は使わないけどこういう時に格闘術って大事だ・・・あ、しまった」


イルムは自身と接触した足を食い、侵食する。足は粘液に絡まれてそのまま溶かされていく。

「やっば」

すぐさま自身の太ももの付け根の分子を凍結(活動を停止させる事)させて足を切断。そして血が出る前に断面を凍結させて傷を負うことを防ぎ、義足を氷で形成する。


「お〜。やるねぇ〜。ちなみにすぐそこま〇こだけどぉ〜、大丈夫なのぉ〜?」

割と本気で心配するようなトーンでイルムは問う。

「・・・誰のせいだか。でもギリギリ支障がない所で切断してるからお〇んこは無事」


と、いいつつ氷の刃を放つヘスティア。だがそれをイルムが避ける必要は無い。手傷を負うものの瞬時に再生する。

「・・・義足だと動きにくいかな。関節も無いし」

そしてヘスティアの背後に氷の羽が現れた。


「それぇ〜、飛べるのぉ〜?」

「問題ない」

素っ気なく答えを返し、イルムの頭上から巨大な氷柱を降らせる。が、全てイルムが食べてしまう。


ヘスティアが創造した氷の羽は色々な場所に穴が空いており、更に中が空洞になっている。

そして中の空洞で原子レベルでの凍結を行いマイナスエネルギーへと変化させることで物質を消滅させて気圧の変化を行う。


その極度な気圧の変化による空気の流れで空を飛ぶ。

通常の飛行魔法〈飛行〉フライ以上に操作が難しいものの最高速度はマッハ2近い。

フシューという音を鳴らし、ヘスティアは少しだけ浮遊する。


〈氷晶の銀落〉メルクリアス・シルヴァリオドロップ

そして魔法を唱え、数枚の分厚い氷壁を天井から形成させて潰そうとする。

「危ないなぁ〜」

イルムは店の壁を破り外へ出た後、天井から迫り来る氷壁を硬質化させた粘液で回避する時間を稼ぎ、大きく後方へと退避。


「はいドーン」

が、既に後ろへ周っていたヘスティアが至近距離から魔法を叩き込む。第六位魔法の一つ、〈氷晶の金剛衝〉メルクリアス・ダイヤモンドアイスバーンだ。


発勁の如く突き出された手の平から絶対零度の青い閃光が放たれた。少ない予備動作にしては効果範囲が広く、直撃しなくても近くにいれば凍結させることが出来るため、実体はあるが個体では無い粘液種スライムに対して相性がいい魔法だ。


「お、おぉ〜」

イルムは吹き飛ばされながら凍った部分を確認し、その部分を切断しつつ自身の体を六つに分裂させる。

その分裂した黒い塊はそれぞれイルム本体を形成。

「・・・増えた」


圧倒的戦闘能力を持つイルムが六人へ増える、これ以上苦なことはそうそう無いだろう。

「あははぁ〜。能力値は殆ど変わらないよぉ〜!」

イルム六人は自身の腕をブレードと変化させてヘスティアへと斬り掛かった。


「・・・あんまり変わんないかもね」

その斬撃をヘスティアは防ぎ、回避し、そして反撃の魔法を撃ち込む。

「・・・あれぇ?」

一体が完全凍結された所でヘスティアも面倒くさくなったのか、一度足元から氷柱を出現させ、イルムを回避させる。


「めんどい。〈凍界す永蒼の聖域〉メルクリアス・エターナルサンクチュアリ

ヘスティアが放ったのは第七位魔法。その効果で。



アマト全域に広がる地下街全ての温度数値が完全絶対零度パーフェクトアブソリュートゼロへと変化し、一瞬でそこにあったもの全てが消え失せる。



そこには元々何も無かったかのような静けさの中、虚空から湧き出るように一滴の黒い液体が現れ、ポタリと地面へ落ちる。そしてそこから再びイルムが形成された。

「はー。別空間作ってミリだけそっちに置いてたんだ。しぶとすぎてウザい」


そう。イルムが「魔王」と謳われる理由がこの再生能力だ。

通常の粘液種スライムの場合『再生に必要な細胞数』が予め決められており、大体の個体が本体の七十分の一程が必要というのが常識だ。


しかし、「魔王」となったイルムは細胞数が一つでも再生が可能であり、己の力で別空間を創り出す事が出来る。となれば別空間に一滴だけ別空間に仕舞っておく事で本体が死んでも再生が可能になるのだ。


魔王因子を覚醒させていなかった状態の「イルバ」では無く全力の「イルム」だからこそ出来る芸当。

対人戦においては間違いなく死ぬ事は無い。


「あははぁ〜。褒められたぁ〜」

「いや褒めてないし。〈氷晶の落雹〉メルクリアス・フォールンヘイル

ヘスティアの頭上から直径10cm程の氷塊が数百程放たれる。


だが、それも避ける必要が無いイルム。当たる直前で全て喰らい尽くす。

そしてイルムがヘスティアの下から床を割って自身の液体で飲み込む。

〈氷結結界〉アイシクルフィールド


ヘスティアが飲み込まれる前に領域魔法を発動。周囲が凍り付き、白い霧がうっすらとかかる。

〈四重強化〉フィーア〈氷晶の霜砲〉メルクリアス・ヘイルカノン

そしてヘスティアは第六位魔法を使用。蒼白い閃光がイルムへと放たれた。


イルムは一本目を上へと飛んで回避し、その回避ルートを予測して放たれていた二本目は自身の分裂体を瞬時に創り出し盾にして防ぐ。

残りの二本は外れたが、ヘスティアはイルムが対処している内に背後へ回り込んだ。

〈氷晶の霜砲〉メルクリアス・ヘイルカノン


「〜!」

この状況下で至近距離からの第六位魔法を回避出来ないと判断したイルムは自身の半身でその魔法を受ける。

イルムは手馴れた作業のように自身の半身を切り離し、再生使用とする。


「あれぇ〜?」

切り離す所までは上手くいっていた。しかし、再生が上手くいかず、少しずつしか再生出来ていない。

「・・・領域魔法かなぁ〜?」

「正解。〈氷結結界〉アイシクルフィールドは氷魔法の威力の向上と回復魔法阻害。これは私のだけだけど、再生効果の阻害もある」


領域魔法は自身の戦闘を有利に進めるための魔法で、例えば〈電流結界〉ライトニングフィールドには『魔法適正に雷を持たない者の移動阻害』『雷系魔法の威力向上』というものがあり、エリスが使用すれば更に『領域内のどこからでも雷系魔法が使用出来る』といった実力によって付随効果を付けることが出来る。


「・・・ところで、体が真っ二つになってるけどお〇んこ大丈夫なの?」

「あははぁ〜。粘液種スライムにぃ〜、ま〇こは無いよぉ〜」

「えっ? じゃあ食べた物とかどうやって排出して・・・」


「ふふ〜」

イルムは本気で考え込むヘスティアを見て軽く笑った。

粘液種スライムは排泄物を出さないからねぇ〜。人間種ヒューマンと違ってぇ〜。生理も無いしぃ〜」

「・・・は? 羨まし。でも、それならどうやって子供産むの?」


エリス辺りなら粘液種スライムの生体を知っているはずだが、そんな事もお構い無しに問いかける。

「普通に精細胞と卵細胞をくっつけるぅ〜、だけだねぇ〜。・・・でもぉ〜」


凍り付いた床から硬質化された数本の黒い刃がヘスティアに襲い掛かる。

「そうだった。まだ戦闘中だったね」

ヘスティアは自身を構成している分子の相対位置を固定させ、全ての攻撃を無傷でやり過ごす。


〈氷晶の銀牢塔〉メルクリアス・シルヴァリオプリズン

「ん〜?」

ヘスティアが魔法を唱えると、イルムが氷に包まれ、天井を貫いて登っていく。


やがて天高く聳え立つ巨大な氷の塔となった。ヘスティアは頂き付近にいるイルムを追って飛び上がる。

そして高さ600m程まで来ると、体が半分になっているイルムの姿を見つける事が出来た。

「ふう。やっぱり敵の姿が一定じゃない時はこっちの方がいいね・・・あれ?」


ヘスティアはガタガタとイルムの場所が揺れているのに気が付く。

「うわぁ。嫌な予感」


そして、ガギン! という分厚い音を鳴らしてイルムが氷を破って外へ現れてしまった。

「あ、高さ的に領域外だった」

「抜けてるねぇ〜」


〈氷結結界〉アイシクルフィールドの外にいるため再生能力が機能し、消えていた半身が現れる。そして背中から蝙蝠の様な羽を形成させた。

「さてぇ〜。第二ラウンドかなぁ〜」

イルムは仮面の下で、ヘスティアは表に出して。


二人は揃って狡猾な笑みを浮かべたのだった。

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